31 / 79
カラスの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「カラスの刺青」
それは、よくある噂話だった。
真夜中、墓地を歩いていると、
女のすすり泣く声がどこからか聞こえ、
その声に耳を傾けると、
女が目の前に現れ、
真っ赤な心臓を潰される、
そんな恐ろしい噂話が流れて以来、
墓地に近寄る者は、よほどの物好きか自殺願望者しかいないという、
つまり、何かを隠す為に、
「誰かが」流した噂話。
黒いローブの男は、その何かに興味を引かれ、噂の墓地を訪れていた。
―墓地―
黒いローブの男は、そこで分厚い本を開き、あるページを見つめていた。
それは「カラスの刺青」と黒文字で書かれた文字の消えかかったページだった。
文字が消えかかったページには大抵深い意味があり、
ほとんどの場合が物語の終わり、
「死」を意味していた。
つまり、その物語の主人公が既に死亡しているということ。
もちろん、黒いローブの男の目的は、刺青を刻む者との接触や、最期への誘導の為、「霊体」に用はない。
用があるのは、その霊体が抜け出た「肉体」の方。
黒いローブの男は、その肉体に繋がるモノを求めて、墓場の探索を開始した。
―数分後―
それは、冷たい土の上で発見された。
泥に汚された婚約指輪だった。
―カカシにされた女―
黒いローブの男は、その指輪を拾い上げ、じっと見つめていた。
それは、王族に恋い焦がれ、
その全てを利用された女の遺品だった。
だが、やはり、遺品に用はなかった。
黒いローブの男が、指輪を投げ捨てると、
どこからか女のすすり泣く声が聞こえてきた。
黒いローブの男が振り返ると、
恨めしそうな顔面が目の前にあった。
それは生きたカカシのような姿をした、化け物だった。
額の傷を隠すために被せられた麦わら帽子は酷く汚れ、
息の根を止めたスカーフは、首にきつく巻き付けられ、
耳や口には「藁」が隙間なく詰められていた。
確かにこんなものを見れば、心臓を真っ赤にして、一瞬で潰してしまう。
だが、鉄の心臓を持つ黒いローブの男に、それは、いらぬ心配だった。
黒いローブの男は、溜め息をつくと、カカシ女に言った。
「お前が利用された女、カカシ女か、霊体であるお前に用はない、用があるのは肉体の方だ、お前の肉体はどこだ」
カカシ女は、黙ったままだった。
ただ、その眼で何かを訴え、黒いローブの男に近付くだけだった。
黒いローブの男は、意味の分からないカカシ女の行動に、再び溜め息をつくと、カカシ女を無視して、肉体の探索を優先させた。
だが、どんなに墓場を探索しても、見つかるのは女の遺品や他の者たちの白骨だけ。
黒いローブの男は、苛立ち始めていた。
……暫くすると「カラスの刺青」と書かれていたページに新たな文字が浮かび上がった。
それは、カカシ女の言葉を伝える、乱れた黒文字だった。
わたしは、王族に恋い焦がれ、
愛された女、
婚約指輪をはめられ、
束縛され、
全てを捧げた女、
わたしは待っている、
あの人が迎えに来てくれるのを。
黒いローブの男は、カカシ女の愚かさに再び溜め息をつくと、鋭い眼でカカシ女を睨んで言った。
「愚かなお前の肉体はどこだ、さっさと答えろ、私は短気な性格だぞ」
カカシ女は何も聞こえないのか、
そのまま答えずにいた。
「なるほど、お前の腐った肉体を晒すのは、その男がお前を迎えに来てくれた時ということか、いいだろう、ここに連れてきてやろう、お前を見捨てた、その男を」
黒いローブの男は、分厚い本を閉じると、カカシ女の耳や口に詰めれていた藁を取り除き、何も言わずに去っていった。
カカシ女は、そこで久しぶりに耳に流れてきた声を感じた。
【戯れ言を信じ、見殺しにされた愚か者よ、戯れ言の先にお前の求める、待ち続ける愛とやらはあったか、その先で見極めろ、共に逝ってくれる男がいったい誰なのかを】
カカシ女は、十字に磔にされたまま、
昔の綺麗な顔で微小した。
その背中には真実を闇色に覆われた哀しい鳥獣
「カラスの刺青」が刻まれていたという…。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
BLEND
むーちょ
ミステリー
西暦XX29年
ブラックバン(ブラックホールの暴走)が起き、宇宙の半数以上の星が壊滅した。地球は壊滅を免れたが放射能による大規模汚染で、生命も一時は絶望的な数になった。
月日は経ち、地球は元の青さを取り戻しつつあった。
残された星々の異星人は「地球」の存在を知り、長い年月を掛けて移住を始めた。環境省は正式な手続きをするため地球全域に税関所を設けたが、異星人の数が予想を大きく上回り検査が甘くなってしまう事態に陥る。
そして、異星人の滞在を許した地球は数百種類の人種の住む星になり、様々な文化や宗教、犯罪が渦巻く混沌の星になってしまう…
X129年
政府は、警察組織内にて無許可で地球に侵入した異星人を取り締まる捜査課「Watch」を作った。
この物語は混沌の世界を監視する「Watch」たちの事件簿である---------
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる