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ブラックマンバ・キクガシラコウモリの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「ブラックマンバの刺青」
「キクガシラコウモリの刺青」
―歌姫と作曲家―
ある小国に、病みを歌う女と、雑音を楽器のように奏でる男がいた。
女は、王族に逆らう歌を歌った罪で「牢獄塔」へ幽閉され、男は、騒音の罪で「地下牢獄」へと幽閉された。
女は、歌姫としての人生を奪われたと泣き叫び、
男は、作曲家としての人生を奪われたと壁を叩き続けた。
女の喉は、泣き叫び続けたせいでカラカラに嗄れ、
男の精神は、ボロボロに壊れてしまった。
これでは、もう生きている心地がしない。
二人は、生と死の狭間をさ迷い、死の方へと傾いていた。
だが、こんな場所では逝きたくなかった。
最期は、音楽家らしく、華やかな舞台で逝きたかった。
女は、泣き叫び、男は行動を開始した。
二人は、死ぬ為に研ぎ続けていた爪で、見張りの首を掻き切ると、出入口へと向かって走り出した。
どちらの牢獄も迷宮のようだった。
先に出入口にぶち当たったのは、女の方だった。
女は安堵の表情を浮かべた。
だが、そこで終わりだった。
出入口には、先回りした見張りが数人で待ち構えていた。
女は絶叫した。
女の泣き叫ぶ声が聞こえなくなった時、男の方も出入口にぶち当たった。
こちらの出入口には、好都合なことに見張りはいなかった。
だが、黒いローブの男がいた。
黒いローブの男は、男の眼を見ると、分厚い本のページをめくりながら、男に近付いてきた。
「超音波を発する作曲家よ、お前の物語をこの中から見つけ出し、読み解くがいい、そうすれば、望みを叶えられるはずだ、だが、その望みを叶えるには協力者が必要だ、捜せ、病みを歌い上げる、毒舌歌姫を」
黒いローブの男は、そう言って「牢獄塔の鍵」を挟んだ分厚い本を 男に手渡して去って行った。
あいつは、いったい…
男が、牢獄塔の鍵のはさまれたページを開くと、
そこには「キクガシラコウモリの刺青」と黒文字で書かれていた。
男は、顔を顰めながら、その物語を読み解き、そして、にやけた。
…見つけたのだ。
華やかに逝く方法を。
―牢獄塔―
男は、分厚い本に書かれていた「毒舌歌姫」を求めて、牢獄塔を訪れていた。
黒いローブの男も言っていたが、華やかに逝くには協力者が必要、その協力者が同じ業界人で、しかも歌姫となると、作曲家の男は、心を踊らせずにはいられなかった。
歌姫は、生きた楽器だ、
その生きた楽器が、あの感覚を取り戻してくれるかもしれない、
男は、牢獄塔の鍵を挿し込み、右に回した。
―牢獄塔・内部―
そこは、誰かの口の中のように臭く、不完全な闇が辺りを支配する奇妙な世界だった。
男は、出入口から少し進んだ所で「松明」と「ライター」を見つけた。
不完全な闇の原因はこれだった。
奇妙なことに、松明の先には、既に火が灯されていた。
あの黒いローブの男の仕業だろうか、
男は、疑問を抱きながらも、その灯りを掲げ、牢獄塔・内部の探索を開始した。
分厚い本によると、牢獄塔の最上階には、罪人を幽閉する為の部屋があり、そこで毒舌歌姫が待っているという。
ただ奇妙なのは、牢獄塔・内部に転がる死体と、この静寂。
見張りがいないという事は、この死体が見張りたちの成れの果て…
だが、男は、華やかに逝けるということだけを信じて、最上階を目指していた。
―黒い唇の女―
最上階の部屋で待っていたのは、黒い唇の、濡れ髪の女だった。
女の足元には分厚い本が落ちていた。
女も、この時を待っていたという。
女は、酷く掠れた声で、男に悲痛な思いを叫んだ。
その叫びは、男の叫びに酷く似ていた。
叫びは長く続き、終わりを感じさせなかった。
女の叫びは、部屋の片隅に捨てられた「闇色の詩集」へと続いていた。
その詩集は、読む者を圧倒する内容だった。
様々な皮肉が、美しくも残酷な言葉で書かれていた。
男は、全身を震わせながら、詩集を黙読した。
そして、ある言葉を吐き出した。
狂っている、
女は、その言葉を最高の誉め言葉として受け止め、微笑した。
女は、この時、思った。
やはり、理解者はいるんだ、と。
二人は、互いの才能をそこで披露した。
女は、掠れた歌声を聴かせ、男は、壁や床を叩いて雑音を牢獄塔に響かせた。
既に狂っている二人には、これが狂気だとは気付けなかった。
二人には、心地好い音色だけが聴こえていたという。
二人は、華やかに逝くことだけを目指して、行動を開始した。
ただ、思うがままの行動だった…。
―狂人たちの音楽―
だが、やはり、二人の音楽は受け入れられなかった。
その原因は、はっきりとしていた。
その音色が明らかに雑音で、聴く者を不快にさせる詩だからである。
これでは、華やかに逝く為の「華やかさ」がどこにも感じられない。
二人は、苛立っていた。
これじゃあ、前と同じじゃない、
もっと、しっかりしなさいよ、
あなた作曲家でしょ、
わたしを華やかに演出してよ、
ならば、どうすればいいんだ?
お前も、わたしばかりに頼るな、
お前はどうしたいんだ?
もっと、華やかに演出するのよ、
でも、そこらに咲く華やかさじゃ駄目、
そうね、先ずは、その古臭い楽器を変えましょう、
もっといい雑音を奏でる楽器が必要だわ、
雑音といえば、そうね、人間が吐き出す皮肉ね、
そうよ、人間よ、
人間を使いましょう、
そいつらが吐き出す、皮肉や叫びが一番の雑音だわ、
もうわたしたちに、恐れるものは何もないのよ、
数日後。
事件が起きた。
それは、王族に仕えていた者たちが、牢獄塔近辺で、行方不明になるというものだった。
それを知った王族は、事の真相を確かめる為、数人の騎士を牢獄塔へ向かわせた。
だが、やはり、帰ってくる者は誰もいなかった。
王族は、身分の低い者から順に牢獄塔に向かわされ、それは、最後の一人になるまで続けられた。
もちろん、最後の一人になったのは「無能な王」だった。
―華やかな舞台―
王は、自らの足で牢獄塔へ向かい、牢獄塔・内部の探索を開始した。
出入口付近に落ちていた松明に火を灯し、松明を掲げ、闇の中に隠れていたものを浮かび上がらせた。
それは、無能な王のせいで、犠牲者となった者たちの成れの果てだった。
王は、思わず叫んだ。
そして、その喧しい口を背後から塞がれた。
気が付くと王は、牢獄塔の壁に磔にされていた。
王の前では、行方不明者が無惨な姿で囚われ、王に対しての皮肉を漏らしていた。
それは、王にとっての「雑音」だった。
二人は、怯える王の前に姿を現すと、恐ろしいほどの才能を開花させた。
王は、二人を見て、眼を見開いていた。
それは、かつて、この王が、不快だからという理由だけで、牢にぶちこんだ、作曲家と歌姫だった。
つまり、これは、二人の復讐でもあったのだ。
王の悲鳴が奇妙な音楽によって絞り出され、無数の断末魔が闇の中で咲き乱れた。
それは、この二人にしか出せない、独特な音楽だった。
二人は幸福の傍らで、どこか儚い顔を見合わせ、
あの声を聞いた。
【狂気を奏でる音楽家たちよ、時は来た、望みを叶える為、近付くがよい、最期の音楽を奏でる、生きた楽器に】
女は、男に近付き、
男は、女に近付いた。
そして、隠し持っていたナイフで互いを突き刺し、望み通りに逝った。
半音下がったような、不快な歌声と雑音を奏でながら…。
独特な音楽感性を解き放ち、自分らしい生き方を貫いた二人、
その全身には、暗黒の口を開く毒蛇、
「ブラックマンバの刺青」
超音波を発する狩人、
「キクガシラコウモリの刺青」が刻まれていたという…。
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