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カラカラの刺青

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 彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「カラカラの刺青」

それは偽りの美しさ、

偽りの美しさは、決して縫い合わせてはいけない、

それは、ただのツギハギ人形である、

―醜い女―

「わたしは醜いの!!」

そう叫んで、女は「暗い部屋」に閉じ籠った。

女は黒い涙を床に溢し続け泣いていた。

その原因は、その女の求める「美」とやらにあった。

この女の求める美はいつも他人のもので、手にいれる為には、その他人になりきる必要があった。

だから、他人の髪が綺麗だと思い込むと、それを奪い、自身の髪に付けられるよう「付け毛」を作った。

女はそれを自身の髪に縫い付け、自身の髪のように見せ、男を魅了していた。

だが、いつも失敗に終わり、

同じ結末だった。

女が言うには、交際した殆どの男が、その美を嫌い、自害するのだという。

女は自身の男運の無さを呪い始めていた。

いつしか、それは、鏡に映る自分にまで影響を出し、自身を歪ませていった。

その原因は、やはり、心の歪みである。

だが、女はそれを呪いのせいだと思い込み、自身の心を傷付けた。

だが、心を傷付けたはずが、それは、何故か身体の一部にキズをつけ、やがてそのキズは枝のように広がり、頬まで広がっていった。

気が付くと女の顔はキズだらけになっていた。

これでは外も出歩けないし、恋もできない、

女はそのキズを厚化粧で塗り隠すと、更に日傘をさし、季節関係無く厚着で出掛けた。

その理由は、やはり、恋がしたいから。

だが、こんな醜い容姿では恋などできるわけがない。

女は、また振り出しに戻って呟いた。

「他人の美が必要だわ」

女は、自身のベタついた髪を引きちぎり、ある女に眼をつけた。

それは髪質の良い太った女だった。

「奪うなら、あの女からよね、あの女なら髪を奪っても、追いかけてくるのに時間がかかりそう、この前は少ししか抜けなかったけど、今回は上手くいきそう」

女は日傘を握りしめ、微笑した。

―髪質の良い女―

女が、太った女を尾行していると、突然、太った女が腹をおさえ「ある個室」へ駆け込んだ。

そこは用を足す為の場所、ひとりになれる場所だった。

女は、日傘を閉じると、右手で個室の扉を二回叩いてから言った。

「ごめんなさい、そこにカミがあるでしょう、そこにあるカミを引きちぎって、わたしにちょうだい」

太った女は困惑していた。

というよりも、今の状況に恥じらいを感じていた。

「わっ、悪いけれど、隣の個室のカミを使ってちょうだい、今、わたし、取り込み中なの」

「隣の個室の紙じゃだめなのよ、わたしが欲しいのは、あなたのカミなのよ」

「カミ?ああ、わかったわ、わかったからちょっと待ってて」

太った女は、さっさと用を済ませると、そのカミを取り外し個室から出た。

だが、そこに女の姿はなかった。

太った女は首を傾げた。

そして、取り外したカミをもとの場所に置いて帰ろうとした。

その時だった。

「あなたのカミちょうだい」

厚化粧の女が突然、太った女の背後に現れた。

太った女は小さな悲鳴をあげた。

「驚かせてごめんなさい、でも、こうして目の前に誰かがいないと、あなた逃げちゃうでしょう、だからこうして逃げ道をふさいでいるの、奪う前に逃げられたら厄介だものね」

「なっ…なんのこと」

「あら、まだ分からないの、わたしが欲しいのはカミ、あなたの「髪」そのゆらゆらと揺れている綺麗な髪よ、ずっと言ってたでしょう、カミが欲しいって」

太った女は眼を見開き、絶叫。

女は、上質の髪を奪って出ていった。

―純白の両手―

女は上質の髪で、また付け毛を作り、それを自身の髪ではなく、自身の頭皮に縫い付けた。

これならば、本物の髪のように見える。

女は上質の髪を靡かせ、男に近付いた。

だが、またもや失敗に終わった。

上質の髪が、なぜか似合わないのだ。

女は苦悩した。

そして、見つけた。

目の前で小指を立て、三日月を描くように髪を耳にかける「純白の手」を。

女はこれだと思った。

女はその純白の手が泡に包まれるのを待った。

また、あの個室に入るのを。

「綺麗な手ね、三日月みたい」

「えっ」

個室の外側で純白の手を洗っていた女が振り返った。

「あなたの手のことよ」

「わたしの手?」

「そう、あなたの手よ、ねえ、質問していい?あなたの大事なものってなに?」

「大事なもの…?物なら、このイヤリングかしら、恋人にもらったの」

「…そう、じゃあそれは必要ないわね」

女は純白の手を見て、微笑した。

―縫い付け―

女は拉致した外科医をナタで脅し、外科医の自由を奪った上で、自身の両手を他人の両手と付け替えさせた。

つまり、手術である。

女は激痛に耐えながら、自分のものではない身体のパーツを2つぶら下げ歩いた。

次に女が向かった先は、踊り子で有名な、ある町だった。

―極上の美脚―

ここならば極上の美脚を奪えるに違いない。

女は踊り子の楽屋に向かった。

女が踊り子の楽屋に向かって歩いていると、黒いローブの男とすれ違った。

女は気にしなかったが、黒いローブの男は気づいていた。

「あの女、ツギハギ魔女か、これで一気に三人というわけか」

黒いローブの男は、そう呟き去っていった。

女が無人の楽屋に不法侵入すると、楽屋の化粧台の上に「分厚い本」が置かれていた。

そこには黒文字で「カラカラの刺青」と書かれていた。

カラカラの刺青…りゃくだつ?

女は首を傾げていた。

無人の楽屋に美脚はない、女は仕方なく楽屋から出た。

そして、あてもなく歩き、ある人物に出逢った。

それは、先ほどすれ違った黒いローブの男だった。

黒いローブの男は女に向かって言った。

「ツギハギ魔女、偽りの美をぶら下げ歩いても、お前の求める美には辿り着けない、他人のものは、所詮他人のもの、お前には絶対に似合わない」

女はそれを聞いて鼻で笑った。

「なら、わたしは一生不幸ってわけ?幸せはいつも他人のものよ、男も金もなにもかも、幸せな生き方もぜんぶ他人のもの、わたしのものじゃないわ、なら、奪わないと幸せになれないじゃない、だから奪うの、その為ならば痛いのも苦しいのも我慢する、美を手に入れるためなら、なんだってしてやるわ」

女はそう言って去っていった。

―最期の縫い付け―

ついに手に入れたわ美脚、極上の美脚、

ある踊り子の墓を掘り起こし、美脚を手に入れた女は、死にかけの外科医のもとに帰ると、自身の脚と、この美脚を付け替えるよう命令した。

だが、今回は命令だけで、外科医を脅すための刃物は握られていなかった。

この時、外科医は気付く。

あの時付け替えた両手が他人のもので、粗雑に扱ったのが原因で、うまく物を握られないんだ、と。

これは脱走できる最期の機会かもしれない。

外科医は唇を震わせながら、女に言った。

今回の手術は激痛を伴う、だから、その激痛を取り除く為の麻酔薬が必要だと。

女は考え込んだ。

麻酔薬を奪ってくるには武器が必要、武器はナタで事足りるが、肝心の武器を持つ両手が他人のもので、武器を振るえない。

いったい、どうすれば…。

悩みに悩んだ結果、女はあり得ない言葉を口にした。

「いいわ、じゃあ、このままで」

女は激痛に耐えてこそ、完全なる美は手にできると、シミだらけのベッドに横たわった。

外科医はそんな女を憐れみの眼で見下ろし、自身の足枷に繋がる鎖を見つめ、女に言った。

「その美を手にいれたら、それで終わりだな、と。

―ツギハギ魔女―

数時間後。

完全なる美を手にした女は、 真っ赤なベッドに横たわり、真っ赤な口を開いて歓喜の声を上げた。

「これぞ、完成なる美、誰も手にできない、わたしだけの美」

女は自身の美を鏡で見ようと起き上がろうとした。

だが、そこで終わりだった。

他人の美脚は、所詮他人の美脚。

うごかない、

たてない、

にあわない、

ただの死人のあし、

そんな不気味なもので男を魅了できるわけがない、

それ以前にここから動くことも叶わない、

顔を顰め、髪を掻き乱そうとしても、その両手も他人のものでうごかない、

女は、泣き叫んだ。

そして、聞こえた。

【偽りの美を狩り続けた愚か者よ、激痛に耐えた先で完全なる美は堪能できたか、お前を孕んだ母親にその美を晒せるか、完全なる美とやらを閉ざされた空間で感じ続けるがよい、だが、忘れるな、他人のものは他人のもの、お前には一生あつかえない】 

女は、散らばった「じぶんたち」を見て絶叫した。

―囚われの外科医―

それから数日が経った。

行方不明の外科医の捜索が開始された。

だが、その外科医が見つかることはない。

その外科医の眼に映る「バケモノ」がそうさせているのだ。

完全なる美を手にし、ツギハギのバケモノと化した女。

その頭部には、腐肉を食らい、時には他の鳥の獲物を略奪する鳥「カラカラの刺青」が刻まれていたという…。
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