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コアラの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「コアラの刺青」
どこかに親不孝ものがいる、
ならば、その逆はいるのだろうか、
これは、ある罪人の物語である。
―黒い馬車―
その馬車が花屋敷の前で止まった時「娘」の時間も止まった。
両親が何やら焦り始め、娘はクローゼットの中へ押し込まれた。
母親が娘に言った。
何があっても、そこから出てきてはだめよ、と
娘はコクンと頷いた。
クローゼットの扉が閉じられ、深い闇が娘の眼を覆った。
暫くして母親の悲鳴が聞こえてきた。
いったい何が起きているの……。
娘は不安で堪らなかった。
全てが終わりクローゼットから出ると、赤い薔薇が辺り一面に散っていた。
ここは花屋敷、そして花屋、だから花が散っていても何もおかしくはない。
だが、こんな真っ赤な薔薇は取り扱っていない。
だから、これは……。
娘は、両親の亡骸を抱き締め、泣いていた。
―両親の遺した種―
娘は、広い世の中に取り残され、絶望していた。
だが、泣いたのは3日だけで、涙も枯れ始めていた。
娘は決して弱い人間ではない。
だから生きる気力が湧いてきた。
娘は、生きる為に両親の遺品を探した。
だが、これといったものは見つからなかった。
あの黒い馬車に乗ってきた奴らが、全てを奪い去ったのだ。
金も宝石も「花の種」も。
はなのたね?
この時、娘は疑問を浮かべていた。
どうして花の種なんかを奪ったのだろうか、
花の種は確かに花屋の財産だが、花の飼育方は、家族しか知らないはず、
花を開花させなければ、それは価値のない、ただの種だというのに。
娘は屋式内を走り回り「種」を探した。
そして、見つけた。
両親の腐敗してゆく手からこぼれ落ちていた「最期の種」を。
娘は両親に感謝した。
これで、両親のように生きられる、と。
―種まき―
娘は花屋敷の中庭に種をまくと、母親の飼育本を頼りに、父親の開発した特殊な水を土に注いだ。
そして最後に、己の指を針で突き刺し「血のしずく」を垂らした。
3日後。
土から芽が出て、更に3日後、蕾が見えた。
あと、もう少し。
気が付くと中庭には「不気味な紫色の花」が咲いていた。
それは両親が開発した、
「ハッキョウ」と呼ばれる花だった。
―ハッキョウ―
その花の成長は恐ろしく早かった。
更に3日後。
花びらから別の種が産まれ落ち、その種が更に成長し、花を咲かせ、別の種を産み落とした。
その繰返しで中庭には「110本の花」が咲いていた。
娘はその花を摘み取ると、小さな花束を作り、それをカゴに入れ、隣国で売り歩いた。
安価で売り歩いたからだろう、帰る頃にはいつも花が無く、カゴの中には小銭が散っていた。
娘は気付く。
この生き方、両親と同じだと。
娘はフフッと微笑んでいた。
―花売りの娘―
娘は「花売りの娘」と呼ばれ、一部の客から好かれるようになっていた。
それは、娘が歳のわりには色っぽく、美しいからだろう。
娘自身、そう思っていた。
だが、花売りの生活を何ヵ月も繰返していると、それが違うことも分かってきた。
客の目当てが花売りの娘ではなく「ハッキョウ」だと。
娘は、花を買った客のひとりに、ハッキョウについて訊いた。
何故、この花を人は、狂うほどに求めるのか、と。
だが、客はケラケラと笑うだけで何も教えてくれなかった。
娘は何やら胸騒ぎを覚え、ハッキョウを売るのを止めた。
そして、3日後。
事件は起きた。
―発狂―
娘がハッキョウを売らなくなった途端、隣国で恐ろしい事件が起きたのだ。
それは、ハッキョウを求める者たちが、隣国の花屋を襲撃するという事件だった。
事件の事を知った娘は、中庭の花を不安げに見つめていた。
もしかして、あの子たちのせい……?
ううん、違うわ、私は花売り、ただの花売りよ、両親と同じ生き方で生きようとしただけ、私のせいじゃない、
だって、あれは、ただの花よ、
花に決まってるわ!!
娘は、その花を全て踏み潰すと、別の新しい花の種を中庭にまいた。
そして同じように売り歩こうとした。
だが、新しい花は芽を出さず、種のまま死んでしまった。
何度も何度も新しい花の種をまいても、種のまま死んでしまう。
娘は中庭に顔を伏せて泣いた。
これも両親と同じ生き方……。
「ハッキョウなしでは生きられない」
娘はハッキョウを仕方なく育て、隣国ではなく他国で売り歩いた。
そして、事件を多発させた。
ハッキョウは麻薬と同じで、依存症を引き起こし、人を狂わせる。
娘はそれを知った上で安価だったハッキョウを高価で「密売」した。
これは私の生き方だと、呪文のように繰り返しながら。
―あいつらとちがう―
ある国の路地裏にその花売りの娘はいた。
黒いローブの男は、分厚い本を隣で読み聞かせ、冷たく言った。
「その生き方を選んだのはお前自身、恨みの対象は亡き両親ではない」
女は、蒼白い顔で黒いローブの男を見つめ、泣いていた。
そして、容赦ない声はイバラとなり聞こえた。
【ハッキョウを売り歩く花売りよ、己の生き方を悔やんだようだな、だが、その生き方全てが罪である、お前のせいで壊れた人々のように、お前も終わるがよい、間もなく黒い馬車がお前を迎えにくる、抵抗せずにいれば、短い時を過ごせるだろう、だが、忘れるな、抵抗した場合は両親のように真っ赤な薔薇を散らす、罪人らしく散るがよい】
娘は、微笑した。
黒いローブの男が立ち去って、暫くすると、黒い馬車が目の前で止まった。
娘は、黒い馬車から降りてきた役人たちによって取り抑えられた。
これで終わる、
娘は、再び微笑すると、抵抗せずに馬車に乗った。
そして、馬車の中で、最期のハッキョウの花びらを見つめ、
舐めた、
私は、あいつらと違うのよ、と。
生物を発狂させる麻薬を密売した花売りの娘。
その全身には、母親から、毒を分解する抗体を受け継ぐ刺青。
「コアラの刺青」が刻まれていたという……。
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