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オオヤマネコの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「オオヤマネコの刺青」

看守。

それは、刑務所・少年刑務所および拘置所の職員。

被収容者の監視・警備・規律維持に当たる。刑務官のことである。

決して、囚人をいたぶる職業ではない。

だが、ある女は、それを理解していなかった。

その女も「看守」だったという。

誰よりも縄張り意識の強い…。

―正義―
 
その看守の女は「正義」を求めていた。

それは、狂いに狂った正義だったという。
 
ある夜。

地獄と呼ばれる監獄から、一人の囚人が脱獄した。

囚人は、折れきった翼で、地獄の門をくぐったという。

だが、その囚人の脱獄劇もそこまで。

看守の女が、ボウガンの矢で囚人を捕らえた。

囚人は、即死だった。

看守の女は、床に倒れた囚人を見下げ、顔を顰めていた。

ざんねんすぎる、

これほどの悪党をボウガンの矢一発で終わらせるなんて、

正義の名が泣く、

看守の女は、死体に「天罰」だと蹴りを入れ、持ち場に戻っていった。

―監獄の狩り猫―

黒い靴音を響かせ、監獄内を巡回する姿は、まさに監獄の番人だった。

その両手に抱えられたボウガンは、肉体を瞬時に貫く武器で、狂気そのもの。

利口な囚人たちは、この看守を「監獄の狩り猫」と名付け、恐れていた。

名前の由来は、やはり、あのまだら模様の特殊ボウガンと貫通力抜群の矢。

そして、瞑れた右目を補う、左目の「観察眼」だった。

ある夜。

41人目の脱獄者が出た。

看守の女は、ボウガンを構えて、地獄の門前で待ち構えていた。

脱獄者は、看守の女を見て、眼を見開いていた。

そして、何か言いたそうに口をぱくぱくさせていた。

看守の女は、にやりと笑みを見せ、ボウガンの矢を脱獄者に向け、撃ち込んだ。

一発目をその驚いた顔面に、

二発目をその震える脚に、

三発目をその止まりかけの心臓に、

それは、もはや、ただの残虐行為でしかなかった。

だが、看守の女は、これを正義だと言い張り、正義を貫き続けた。

その数は、脱獄者の数だけ増えていったという。

これではこの監獄も、問題のひとつとして上げられ、撤去されてしまう。

そうなれば、上の者たちも失業だった。

上の者たちは相談したのち、ある人物を看守の女の部下に任命した。

その女は、監獄長の娘だった。

―潜入調査―

監獄長の娘は、身分を隠して、看守の女に近付いた。

看守の女は、慕ってくる部下には優しかった。

だが、やはり、囚人たちに対する扱いは酷かった。

囚人と眼が合うだけで、ボウガンを構えて撃とうとした。

これには、監獄長の娘も驚いた。

話では聞いてきたが、気性の変化が激しすぎる。

監獄長の娘は、全身に脂汗を浮かばせながら、看守の女の行動を記録した。

―記録―

一日目。

挨拶を終え、監獄内を案内された。

案内も指導も丁寧。

だが、監獄内を「縄張り」と呼び、囚人たちには冷たい視線。

囚人たちを翼の折れた鳥として見ている。

監獄とは「巨大な鳥籠」だと言う。

二日目。

囚人たちが、私に眼で訴えてくる。

あの女のことだろうか。

三日目。

看守の女が上機嫌。

特注品の矢を手にした様子。

囚人と何やら話しているが、会話内容は聞き取れない。

ただ、試し撃ちがしたいらしい。
 
五日目。

四日目の夜、脱獄者が出た。

看守の女は、これは正義だと言い張り、特注品の矢を脱獄者に撃ち込んだ。

そこには微かな笑みが見えた。

不気味な女だ。

七日目。

事実が見えた。

真夜中、牢の前で看守の女が、囚人と何やら話していた。

やはり、会話内容は聞き取れない。

だが、看守の女が牢の鍵をわざと床に置いた。

その後、囚人がその鍵を拾い上げ、牢の鍵を鍵穴に差し込んだ。

囚人が脱走。

看守の女が、ボウガンの矢で脱獄者を貫いた。

これが正義だと言い張り。

記録はここで途切れていた。

―正義の矢―

上の者たちが睨んだ通り、脱獄を手引きしていたのは看守の女だった。

看守の女は、囚人を故意に脱獄者にして、己の正義感に浸っていたのだ。

もちろん、それは正義感でもなんでもない、看守という強い立場を悪用した、ただの「犯罪」である。

監獄長の娘は、この件を監獄長に報告した。

監獄長は、これ以上、娘を危険にさらせないと、他の者にこの件を引き継がせようとした。

だが、監獄長の娘は、この監獄は私が守ると言い張り、言うことを聞かなかった。

監獄長は、最期に娘を抱き締めて言った。

お前は妻と似て、酷く頑固者だ、と。

監獄長の娘は、武器屋に向かった。

その道中、監獄長の娘は、黒いローブの男に出逢った。

黒いローブの男は「分厚い本」を差し出して言った。

あの狩り猫を追い出すには、犠牲が必要だ、戦う前にこの分厚い本の「オオヤマネコの刺青」を読み聞かせよ、そうすれば暴発の矢が罪人の胸を貫くだろう、だが、忘れるな、代償となる命は二つだ。

黒いローブの男は、分厚い本を監獄長の娘に手渡して、去っていった。

監獄長の娘は、あの黒いローブの男の事が不思議で堪らなかった。

だが、味方でもなければ、敵でもない気がした。

それにこちらの事情を完全に理解していた。

監獄長の娘は、分厚い本を抱えて、武器屋へ急いだ。

そこで特注品の矢を造らせた。

撃とうとすると暴発する危険な矢を。

監獄長の娘は、それを看守の女に贈った。

監獄長の娘は言う。

これは「正義の矢」愚か者が撃ち込めば、その矢は罪人へ暴発する、と。

看守の女は、微かな笑みを浮かばせ、矢を受け取った。

―猫の狩場―

真夜中。

看守の女が行動に出た。

鍵を故意に床に置いて、脱獄の手引きを行った。

狩場は、やはり、あの地獄の門前だった。

脱獄者が地獄の門をくぐると、脱獄者の背後で、看守の女がボウガンを構えていた。

監獄長の娘が叫んだ。

そこまでよ、この化け猫、と。

看守の女は、ボウガンを監獄長の娘に向け、顔を顰めていた。

このくそ女、はめやがったな、

はめたのはあなたよ、この監獄から出ていってもらうわ、

監獄長の娘は、黒いローブの男に言われた通りに、分厚い本を看守の女に読み聞かせた。

そこには「オオヤマネコの刺青」と黒文字で書かれていた。

看守の女は、片耳を押さえて絶叫した。

そして、監獄長の娘が全てを読み終える前にボウガンの矢を撃ち込んできた。

ボウガンの矢は、監獄長の娘の右手を貫いた。

監獄長の娘は呻き、片膝を床に付けた。

(矢が何故か、暴発しない)

監獄長の娘は、苦痛に顔を歪めていた。

だが、これで終わるわけにはいかなかった。

この女をこの監獄から追い出してやる、 

監獄長の娘は、読み上げ続けた。

そして、三発目の矢が、その額に撃ち込まれようとした時、物語は完結した。

 【縄張り意識の高い二匹の狩り猫よ、己の幸福を手にするため、死闘に噛み合え、女王の座に相応しいのは、王に愛でられた者だけだ、王に女王の証を見せよ、そうすれば、生き残った者が女王になれるだろう、だが忘れるな、犠牲となるのは二つの心臓だ】

―暴発―

その声は二人の女を絶叫させた。

そして、ある男を呼び寄せた。

それは監獄長、つまり、この監獄の「王」であった。

監獄長は、娘を守ろうと、看守の女のボウガンを奪い取った。

そして、看守の女の右手に向け、撃ち込んだ。

ブスッブスッ。

飛び出したのは二本の「正義の矢」だった。

一発目は、確かに看守の女の右手を貫いていた。

だが、暴発した二発目は、監獄長の胸を貫き、天井に突き刺さっていた。

看守の女は、にやりと笑みを浮かべ、監獄長の娘は、悲鳴を上げた。

見ると、監獄長に意識は無い。

死んでいる。

哀しむ監獄長の娘の背後で、看守の女が立ち上がり、眼を剥いて言った。

さあ、お仕置きの時間よ、

この縄張りから出ていってもらうわ、

看守の女は、ボウガンを床に捨て、ボウガンの矢を握り締め、監獄長の娘目掛けて突き刺した。

だが、床に突き刺しただけで、不発に終わった。

もう、看守の女もボロボロだった。

看守の女は、次は外さないと振り返った。

だが、それで最期。

その顔面にボウガンを直接喰らった。

一発。

二発。

三発。

とどめに正義の矢で

観察眼を貫かれた。

あんたに看守は、むいていない、と。

―監獄の女王―
 
数日後。

その地獄と呼ばれる監獄に「監獄の女王」が誕生した。

その女王は、決して脱獄者を出さない。

そして、殺害による死亡者も出さない。

だが、縄張りを脅かす者には容赦がないという。

暴発ボウガンを巧みに操る女王。

その女王の全身には「オオヤマネコの刺青」が刻まれていたという…。
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