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トムソンガゼルの刺青
しおりを挟む彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。
「トムソンガゼルの刺青」
―炎上の寝台―
恋は火傷を負わせる。
愛は火種を産み付ける。
ならば、その先は何なのだろうか。
女は、その先を求めていた。
―売り女―
その女は「ウリメ」と呼ばれる職業で生計を立てていた。
ウリメとは文字通り、売り女と書いてウリメと読む。
誰もが娼婦を想像するが、ウリメは「愛」を売る。
肉体ではなく愛を捧げるのだ。
客はウリメと疑似恋愛を楽しみ、金を払う。
その客に性別は関係無いという。
基本的には自由なウリメたちだが、そんな女たちにも制限は与えられている。
それは「愛されてはいけない」
たとえ、愛を売っても、愛されてはいけないという事だった。
客は愛を買いに来る。だから愛は商品。
そこに商品以外の愛はあってはいけないという。
それを守れないものは、魔女狩りのように焼かれて消されてしまう。
証拠の隠滅である。
だが、ある女だけはそれを守れなかった。
女は愛されてしまったのだ。
ある客に。
―疑似恋愛―
それは疑似恋愛からはじまった恋だった。
はじめは触れるだけで笑みがこぼれた二人だったが、やがて、沈黙の中でも互いの心が読み解けるようになっていった。
疑似恋愛の中では肉体関係も許される。
それが偽りの関係ならば尚更で、目隠しで許される。
だが、二人はそのような形を選ばず、ただ見つめあっていた。
そうしているだけで幸せだったのだ。
何故ならば、二人が求めているものが欲ではなく愛だから。
二人は言う。
愛とは眼で見えるものではない、感じるものだ、と。
二人は短い時を幸せに過ごした。
―悲劇―
だが、永久に誓った愛も制限には敵わなかった。
ウリメの誰かが二人の関係を告げ口したのだ。
二人は互いの名を叫びながら、引き裂かれた。
身も心もぼろぼろだったという。
女は隔離され、客はその前で処刑された。
女はそれを見て思ったという。
ただ、愛し愛されただけなのに、この仕打ちは何なのだろう…
神はこれを見殺しにして、何を得たのだろう…
女は、絶叫。
そして、壊れた。
―ウリメ姫―
女は、ウリメ姫として残された。
だが、中身が壊れているため、以前の商品価値はそこには無かった。
ただ、不思議とその儚い雰囲気は客に好まれ、直ぐ上位の座に座った。
見せ物のように扱われたウリメ姫だったが、客の中には手を出そうと大金を積む者が現れた。
ウリメ姫は、疑似恋愛の商品として売りに出された。
「最も大金を積む者が、ウリメ姫の愛を買えるという…」
ウリメ姫の愛を買おうとする客たちは続出した。
そして争ったという。
中には死んだ者もいた。
火種となったのは、もちろんウリメ姫の愛。
それは、やがて火炎となり広がっていった。
どんなに大金を積んでもウリメ姫は売られなかった。
更に大金を積む者が現れ、ウリメ姫は高嶺の花のように扱われた。
まさに「姫」である。
ウリメ姫の噂は、あの男の耳にも届いていた。
その男は分厚い本を両手に抱えて現れた。
黒いローブの男だった。
「お前が草食の魔獣、ウリメ姫か」
ウリメ姫は、儚い眼差しを男に向けて、こくりと頷いた。
黒いローブの男は、儚い物語を読み聞かせ、ウリメ姫に「分厚い本」を差し出して言った。
「ここから出たいのであれば、その本を読み解き、己を縛り付ける鎖を引きちぎるのだ、お前がかつて、その身を引き裂かれたように」
ウリメ姫は、その分厚い本を震えながら読み解いた。
そして、聞こえたという。
【箱庭に閉じ込められた哀しき姫君よ、逃れたければ、その鎖を引きちぎり、唱えるのだ、最大の呪文を、その呪文はあらゆるモノを焼き尽くす、その代償は己の手ではなく、他人の手だ、だが忘れるな、お前は哀しき姫君、悪の女王にはなれない、幸せにはなれない】
ウリメ姫は、分厚い本を閉じた。
そこには「トムソンガゼルの刺青」と黒文字で書かれていた。
―呪文―
ウリメ姫は見せ物小屋に入り、いつもの椅子に腰掛け、客たちに唱えた。
「たすけてください…」
その呪文は客を更に引き寄せ、耳を傾けさせた。
ウリメ姫は唱え続ける。
この罠だらけの牢から逃れる術を。
そして、ウリメ姫をここに閉じ込めた「ウリメ」を殺す手段を。
翌日。
ウリメの娘が焼死するという事件が起きた。
ウリメ姫は密かに悟った。
あの呪文でウリメの娘を 焼き尽くしたんだ、と。
犯人が誰なのかは分からない。
ただ、主犯はここにいる。
ウリメ姫は、心を痛めた。
だが、呪文は呪い。
願いが叶うまで続いたという。
代償は確かに他人の手、だが、ウリメ姫の手は痛くて痛くて堪らなかった。
ある日。
ウリメ姫は、見せ物小屋で最大の呪文を唱えた。
「全てを焼き尽くしてください」
それで、終わりにしたい、と。
ウリメ姫の願いは届いた。
それを叶えたのは、疑似恋愛からこのウリメ姫を愛した客だった。
あの時の客と、どこか似ている客は、ウリメ姫の願いを「炎上」という形で叶えた。
己の肉体にウリメ姫の火種を産み付け、そのままウリメ姫を抱き締めたのである。
ウリメ姫とその客は炎上した。
そして、全てを焼き尽くした。
ウリメ姫は最期に呟いたという。
あなた、なのね…と。
黒いローブの男は、炎上する小国を遠くから見つめていた。
小国を焼き尽くした哀しき姫君、
その全身には「トムソンガゼルの刺青」が刻まれていたという…。
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