他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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ゾウの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「ゾウの刺青」

やめちゃだめよ。

夢を叶えて。

私は、あなたの愛好者なのよ。

―大道芸人―

その男は口下手だった。

そんな男の特技は「切り紙絵」

紙を切り抜いて、台紙に貼り込み、人や動物などを表す、大道芸。

男は、この特技を使って、人を喜ばせるのが好きだった。

だが、芸術全般に言えることだが、芸は人を集めるが、いつかは飽きられるもの。

男は、その「飽き」を恐れていた。

飽きられたら最後、収入はもちろん、あの笑顔まで見られなくなる。

男は悩み続けていた。

そんな、ある日の事だった。

男がいつものように紙とはさみを手にすると、どこからか歓声が聞こえてきた。

それは男に向けられたものではなかった。

見ると、顔を真っ白に塗った、だぶだぶ衣装の男が、銀色のフォークをお手玉のように扱っていた。

子供たちはそれを見て笑い、大人たちは感心していた。

技を繰り出す時の滑稽な動きは、どれも巧みで思わず拍手してしまう程だった。

男は勝手に負けを認めた。

紙とはさみを鞄に入れて帰ろうとした。

すると、一人の少女が駆け寄ってきて、男の尻を蹴り上げて言った。

ずっと、人の芸ばかり見てないで、頑張りなさいよ、私は、あなたの芸の方が好きなのよ、そんな哀しい顔をしてたら、誰も寄って来ないわよ。

少女は、男の前に座ると、あちらの歓声に負けないくらいの、大きな拍手を男に浴びせた。

男は泣きべそをかきながら、はさみと紙を手にすると、はさみで紙を切り抜き始めた。

そして、切り抜いたそれを台紙に貼って、少女へ贈った。

少女は、その贈り物を見て、うっとりしていた。

それは花冠の切り絵だった。

やっぱり、あなたは素敵な人、きっと素晴らしい人になれる。

少女は、男の右手を両手でふわりと包み込むと、男の優しい眼を見つめて言った。

私が大人になるまで、ここで大道芸を続けて、たとえ、他の人に飽きられても、私はあなたの愛好者、必ず帰ってくるわ、だから、大道芸をやめないでね。

少女は、男の頬に優しいキスをした。

―愛好者―

男は、数少ない愛好者たちの為に紙を切り抜き続けた。

そして、完成させた作品を感謝の気持ちとして愛好者たちへ贈った。

男の「愛ある芸」は観客を魅了した。

気が付くと、男の周りには大勢の観客がいた。

男は、とても幸せだった。

だが、出る杭は打たれるもの。

当然のように邪魔物が現れた。

同業者たちだった。

―同業者―

同業者たちは、男の帰り道に立ち塞がると、男の鞄を奪い取り、男を問い詰めた。

どんなせこい手段で観客を集めたんだ、俺らにも教えろ、と。

男は裏路地に連れ込まれ、くず箱に突き飛ばされた。

同業者たちは、男を取り囲んで言った。

俺たちは高い金を払って、商売道具を手に入れるんだ、その商売道具で金を稼ぐんだ、なのに、テメエはなんだ、はさみで紙切って、ガキ相手に遊んでるだけじゃねぇか、なのに、俺たちよりも稼ぎがいいとか、納得がいかねぇんだよ。

同業者たちは、男を足蹴りにすると、男から奪い取った「はさみ」で、男の衣装を荒く切り抜き始めた。

ギザギザ…

ギザギザ…

それは男の紙切りを真似た、酷いやり方だった。

何も言い返せない男の頬には、涙の筋が出来ていた。

暫くして、その裏路地に一人の男が現れた。

黒いローブの男だった。

黒いローブの男は「分厚い本」に書かれた「ある物語」を男に読み聞かせながら、男に近付いてきた。

そして言った。

「奴等は、お前に嫉妬した、その嫉妬が怒りを生み、やがて、お前の痛みに変わった、だが、お前は悪くない、悪いのは、お前に夢とやらを抱かせた愛好者達だ、愛好者を殺せ、お前がいつも手にする、その凶器で、あの少女を殺すのだ、か弱き少女は抵抗しない、それどころか、喜んでお前に身を捧げるだろう、それで鬱憤を晴らせ」

黒いローブの男は、分厚い本をその場に置いて去っていた。

風で開かれたページには「ゾウの刺青」と黒文字で書かれていた。

―少女と男―

翌日。

大道芸人達で賑わう大通りに、その男はぽつんと枯れ木のように立っていた。はさみで切り抜かれた衣装は人を遠ざけ、男の心境を露にしていた。

暫くして、少女が駆け寄ってきた。

少女は男の隣に腰掛けると、他の大道芸人達を見ながら言った。

やったのはあいつらでしょ、と。

男は何も言わなかった。

少女は、自分の鞄から一枚の紙を取り出すと、今から特訓よ、と紙を差し出した。

だが、男は黙ったままだった。

少女は、そんな男の尻を蹴り上げて言った。

この意気地無し、と。

男はそれでも黙ったままだった。

少女は顔を真っ赤にした。

そして、泣きながら去っていった。

翌日。

大通りに男の姿は無かった。

少女は、泣きべそをかきながら男の事を捜した。

そして、ある男に出逢ってしまった。

黒いローブの男だった。

―事件―

その夜、男は悪夢にうなされていた。

それは、少女が道化師に殺される哀しい夢だった。

男は、少女の名を叫びながら飛び起きた。

そして、悪夢の中で聞いた声を口にした。 

【愛好者を見捨てた愚か者よ、愛好者は、お前の全てを愛していた、だが、夢を見殺しにしたお前に、愛好者を救う資格は無い、これから溜まる鬱憤とやらを商売道具である、そのはさみで、切り抜くのだ、そうすれば、誰もが振り返る、最高の大道芸人になれるだろう、だが忘れるな、お前は道化師、いつかは飽きられて、終わる、人々の為におどけて笑うがいい】

男は、裸足のまま家の外に飛び出すと、いつもの大通りに向かって走った。

そして、見つけた。

悪い大人達に悪戯されて、殺された少女を。

男は絶叫した。

―狂人ピエロ―

数日後。

大通りは静寂に包まれていた。

原因は、少女の死体が発見された翌日から、発見される変死体である。

その死体はどれも、顔を真っ白に塗られ、はさみで喉を掻き切られ、服を引き裂かれているらしい。

だが、誰が何のために、こんな残忍な事をするのかは、犯人にしか分からない事だった。

そして、少女の葬式の日。

その犯人は、だぶだぶの衣装に身を包んで参列者の前に現れた。

顔を真っ白に塗りたくって、

眼を真っ赤にして、

右手にはさみを握り締めて…。

そして、甲高い声でピエロらしくおどけて言うのだ。

おいらの姫さまが、

おいらの姫さまが、

死んじちゃった、

大人はわるいやつ

大人はわるいやつ、と。

物をぶつけられても、おどけ続ける狂人ピエロ。

そのピエロは、少女を狙う犯罪者たちを容赦なく惨殺する。

その全身には、心優しくて残酷な「ゾウの刺青」が刻まれていたという…。
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