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番外編(時系列順)

新婚夫婦のハネムーン

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・サリウスの両親が領地に戻った後のお話


 子供まで生まれてしまっているのにリルはいつまでも初々しい。
 サリウスはリルの胸に顔をうずめながら、感動さえしていた。

 正式に夫婦になって初めて共に過ごす冬。二人は懐かしの「リルの小屋」に来ていた。

 きっかけは普段リルの手元で大切に育てられている一人息子のシルヴィが授乳期を終えたこと、教育係である乳母に慣れてきたこと、それと家令の進言。

 曰く、

「そろそろハネムーンを楽しんでもよろしいのでは?」

 と。

 身内と親交のあるごく少数の貴族を招いての結婚式、のような簡単な顔合わせの後、新婚旅行に行かないという選択を下したのはリルだった。
 粉ミルクを嫌うシルヴィに授乳が必要だったこともその一因であるが、主な理由はサリウスの多忙にあった。

 リル自身は、

「田舎から王都に出てくるだけでも壮大な旅で。ちょっと疲れてしまって。しばらく遠出は控えようかなって」
 だからちょうど良かったです。

 あくまでも自己都合のようにのたまっているけれど、実のところそれは気遣いに過ぎないとサリウスは踏んでいる。
 それというのも、急な結婚によるゴタゴタもさることながら、秋口から冬の入りにかけて増加する討伐に追われ、それが済んだら雪崩が起きそうなほど積み上げられた書類の処理に駆られ、魔塔課の年末奉仕に、領地の事業など、挙げればきりがないほどの雑務にサリウスが忙殺されているのをリルが目の当たりしてしまったからだ。

「こんなにお忙しいなんて……」

 リルが驚きのあまり丸い目をさらに丸くして呟くのは愛らしかったが。
 確かに上官からの奥方詮索は鬱陶しかったし、リル宛に舞い込むパーティーの招待状を突き返すのにも骨が折れた。
 しかし、それ以外は通常といった風なのでサリウスからしてみれば「リルのためなら何とでもなる」ものでしかない。
 もちろんそのことはリルにも伝えた。それでも遠慮してしまうのが控えめなリルだ。

「こうしてサリウスさんと暮らせるだけで充分幸せです」

 と微笑まれてしまえばもう何も言えない。

 どこかで絶対に挽回してやると決意を固めて早数ヵ月。
 年明けから一月ほど経ち、ようやく仕事に落ち着きが戻り始めた時に、示し合わせたかのような家令のあの一言。
 ばっちりリルもいる場でされた発言にいち早く飛びついたのはサリウスの方だった。

「こう言ってくれていることだしどうだ?」

 窺うように下から顔を覗き込み、図らずも上目遣いになったおかげか、恥ずかしそうにしながらも案外あっさりリルは頷いてくれた。
 そうして、シルヴィを連れて行く行かないで多少めたり、サリウスが巧妙にリルを丸め込んだり、と一悶着あったものの、晴れて新婚二人きりのハネムーンと相成ったというわけだ。

 行き先はリルの小屋。これはリルの提案である。

 せっかくならリゾート地をと計画していたが、愛する妻のリクエストとあっては断る理由がない。
 リルは先月から週に一度ほどパン屋で働くため魔法陣を介してここに来ているのでサリウスにしてみれば「旅行」ではないような気がするのだけれど、

「僕たちにはここが一番だと思うんです」

 なんて可愛いことを言われてしまえば、もうそうとしか考えられなくなる。

 執事に持たされた食料と共に夫婦の部屋から魔法陣で一気に小屋の前まで飛ぶと、サリウスは胸に「戻って来た」という実感が湧いてくるのを感じた。
 森の冬景色がちょうどあの頃のようで感慨深さに拍車をかける。

「寒いから入っちゃいましょう」

 リルが鍵を解いて扉を開けると、そこだけ春の陽射しのように温かな空間が広がっている。
 家具の配置も清潔さも最後に見た時のまま。まるで保存魔法にでもかけられたかのようだ。

 当然それは魔法でも何でもなく、

「驚きました? 実は仕事の前後に少しずつ片付けていたんです」

 リルの仕業だ。

 いくら無人とはいえ長いこと留守にしていると埃も溜まっていただろうに。リルはそれを一人で元の状態にまで戻したらしい。

「驚いた」

 素直に感想を口にすると、リルは「ふふふ」と笑ってサリウスの手を引く。
 どこに、と問わなくても行き先くらいわかる。何度もそこでリルと過ごした。そうでなくとも小さな造りの家だから向かっている先くらい目に入る。
 だからこそ、そのあからさまな感じにサリウスは期待を膨らませた。

「積極的だな」
「せっかくのハネムーンですから」

 行き着いた先は案の定ベッドの上。

 久々の邂逅かいこうとなった木枠のベッドに緑とオレンジの分厚い掛布団。この上で何度交わったことか。
 狭い床に二人して向き合うように寝転がり身を寄せ合う。
 洗濯したばかりであるはずなのに、ひんやりとしたシーツからはすでにリルの香りがしている。
 番の匂いは心に安寧をもたらす。

「このまま眠ってしまいそうだ」

 右手には薄いカーテンを通して流れ込む柔らかな陽射し、左手にはフカフカのリル。こんなに安らかで穏やかな空間は世界中どこを探したって他にないだろう。

「寝ちゃうんですか?」

 毛に触れそうなほど間近にあるリルの顔。
 からかうようでいて不安そうな響きのある問いに、

「まさか」
 誘いには乗らないと。

 サリウスは身体を起こして、ちょうど押し倒した時のようにリルを自身の陰で覆った。
 口づけだけは屋敷でもしていたけれど、身体を重ねたのは本当に久々。
 再会してからは初めてのことだった。

 授乳期間中は発情期がないことに加えて、告白以降サリウスは帰宅が遅いからとリルがシルヴィと過ごしたがり結局三人同じ寝室で眠ってしまっているため、なかなかきっかけを作れなかったのだ。

 それでもリルの素直な肉体はサリウスの愛撫をきちんと覚えていた。

「んんっ」

 触れればピクリと反応するのが可愛くて、堪えきれず声が漏れ恥じらう姿もいじらしい。
 始める前は気丈に振舞っていた癖に、いざ快楽に翻弄されるとどうしてこうも初々しくなるのか。

 乳房に吸い付くと母乳の名残がわずかに滲む。
 獣人と同じでシルヴィの授乳期間が短くて良かった。
 そうでなければリルは今もサリウスとの行為を拒んだだろう。夫婦の時間を過ごすきっかけがなかったのも本当だが、

「さすがにそういったことをしている身体でお乳をあげるのはちょっと……」

 と抵抗をみせたのも本当だ。

 だからシルヴィが寝付いた後でサリウスはリルと並んでベッドに入っても服に覆われていない毛に触れることしかできないでいた。

 冬の訪れに再会したばかりの時よりも毛が豊かになっている。
 元来毛の薄い胸元や腹はともかく、素肌に触りにくいことに多少の寂しさを感じるが、同時にサリウスはこのモコモコ具合が好きだった。
 発情期でないオメガのフェロモンはさほど強くなく、リルに至っては元が極薄なのでほとんどわからないくらいだが、この毛からはその気配を感じる。

 リルをうつ伏せにさせて、首筋から背中にかけて毛に顔を埋めながら中を突いてやる。
 ここにサリウスの噛み跡が隠れているのも奥ゆかしいところだが、

「あっ、あっ」

 もはやくぐもることをやめた嬌声が甘く響き、鼻先と耳がくすぐったくなる。
 沿らされた背にキスを贈っていることに果たしてリルは気づいているだろうか。

 ヒートで理性が搔っ切れて本能のまま無茶苦茶に抱いてしまっていたから知らなかったが、リルはサリウスに嗅がれると感じるらしく、後ろからの方がよく締まる。

「ひゃあっ、あっ」

 サリウスが抱き着いているのに、その実リルの方がぎゅっぎゅっとサリウスを絞めつけてやまない。
 余裕がないにしてもこうして自我を保ってするセックスもリルのイイとこを見られるからアリだ。
 明るいうちからするのもよがる姿がよく見えるし、王都での日常にはない背徳感が気持ちがいい。
 サリウスは密かに気づきを得ていた。

 存分に欲をぶつけ合い、愛し合う。
 そんな情事を終えてソファーで一息つきながら、屋敷から持って来ていた遅めのランチに添えてピロートークめいたやりとりを楽しむ。

「サリウスさんの好きなシチューをこしらえようかとも思ったんですけど、やっぱり終わってすぐは難しいですね」
 出来合いにして正解でした。

 笑うリルにその原因となったサリウスは「すまない」としか言えないが、それでもリルは、

「夕飯に作りますから」

 なんて軽い調子だ。

 加減ができなかったのはサリウスのせいで間違いない。そうでなくとも久々でリルに無体を強いてはならなかったのに。
 次する時はもっとゆっくり焦らしてみよう、なんて算段を腹の中でサリウスがしていることをリルはまだ気づいていない。

 外はまだまだ明るく、薪をくべたばかりの暖炉は先ほどの営み及ばない程度の熱しか発していないのに室内は温かい。
 二人きりの時間はまだまだあることだし、今夜にでも試してみようか。

 そんな計画を悟られないように、

「次は遠出もしてみよう」

 お持たせのサンドウィッチをリルに食べさせながらサリウスが持ちかけると、

「今度はシルヴィも一緒ですね」

 リルがそれに応える。

 これからは「この先」のことを共に考えられる。
 正式に結ばれるまではできなかっただけに、そのことが特別なのはサリウスだけでない。
 二人は手を取り合って未来の約束ができる幸せを噛みしめていた。
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