【本編完結済】氷の魔術師は狼獣人と巣ごもりしたい

ぷかり

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番外編(時系列順)

我が家の自慢のお嫁さん

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・サリウスの母親視点
・最終話の直前あたりのお話


 うちの嫁は気立てが良い。
 アストリッドのここ一番の自慢は、この秋、一人息子のサリウスに嫁いで来たばかりの狼獣人リルである。

 どこでまあ、あんなに出来た子を捕まえてきたのか。
 我が息子ながらなかなかやるわね、とアストリッドは思っている。

 リルのどこが良いと聞かれれば、まず挙げられるのは孫を産んでくれたところだろう。
 もちろん子宝が全てではないが、半ばお家断絶と天秤にかけて、結婚の気配のない息子に形だけでも養子を取らせて、隠居の身ながら後はこちらで次代の後継者を育成しようと覚悟を決めた矢先、実の息子の子を産んでくれた奇跡のような人がいると、まさかのしらせせが入ったのだ。
 これを喜ばないわけがなかった。

 普段なら絶対にしないが、行儀悪くもこの時ばかりは諸手を上げて歓喜した。
 というのも、アストリッドは通常なら世継ぎ問題への憂いを潰すために三人は産んでおかないとならなかったのに、一人しか子を成せなかったことに負い目を感じていたからである。

 それは決して彼女の責任なんかではなく、胎内にいた時から長子のサリウスがあまりに多大な魔力を有していたがために、彼女の持つ一般的な人間の女性体に後の妊娠が困難になるほどの深刻なダメージを残してしまったからという、どうしようもない理由によるもので、彼女の夫もそのことでアストリッドを責めたことはない。
 むしろ貴族夫人の義務を果たせないと嘆くアストリッドを夫は献身的に支え、常に気遣ってくれていた。

 幸いにして二人の愛の結晶であるサリウスは変わり者でこそあったが、その膨大な魔力のおかげか無事すくすくと育ち、多少の事故やトラブルは持ち前の魔法の腕で全回避。
 幼い頃から何をやっても無感動で、人間らしい情緒こそ育まれなかったものの、サリウスはこちらが何かを教えなくとも王立学校は首席入学主席卒業、魔術師の最高峰である魔塔に難なく就職してみせた後、侯爵位を継ぎながらなして魔塔課の副長にまで上り詰めた、言わば天才であった。

 しかし、そんな我が子の唯一の欠点、人との関わりを壊滅的なまでに嫌うという性質は見事にお家問題と相性が悪く、夫が引退して王都から領地に引っ込んでからも夫妻の心労は絶えなかった。

 それどころか、サリウスが結婚適齢期に達したことで余計に焦りが募り、最近では恥も外聞もなく、

「身分、出身不問。金銭支給有り。夫からの愛情を求めず、丈夫な子を産める方大募集」

 という時代錯誤も甚だしいポスターを、そうとわかっていながらも本気で領地に貼ろうと検討するほどだった。

 しかし、だいぶ無理めな話だとアストリッドも理解はしているので、現実的には遠縁か親交のある貴族から養子をもらうことになるのだろうな、と薄々考えていたところ入ってきた、まさかの電報。

「結婚するので王都の屋敷までお越しください。妻の両親も呼んで顔合わせを兼ねた祝賀会を行います。すでに子供もおりますので、そのつもりで」

 今更反対の言葉は不要。文句は受けつけない。
 最後の一文はサリウス的にはそう意図して付け加えたメッセージだったが、彼の両親は全く別の意味で受け取った。

「あなた! サリウスに子供が生まれたんですって!」
「本当かい!? すぐに王都へ向かおう!」

 報せがあったその日のうちに、夫妻は王都へと旅立った。
 そして首都の屋敷で待ち構えていたのがリルである。

「はじめまして、お待ちしておりました」

 サリウスは仕事のために留守にしているらしい。二人がこんなに早く到着するとは思っていなかったのだろう。それで新妻が慌てて出迎えてくれたというわけだ。

 馬車の中で夫とあれこれどんなお嫁さんか予想していたアストリッドであるが、さすがに相手が獣人というのは想定外のことで、初めは驚いたものの、どんな人であろうとサリウスの決めた人なら否定しまいと夫と誓っていたので、

「はじめまして、これからよろしくね」

 努めてにこやかな態度で挨拶をした。

 それにサリウスの妻だという狼獣人も、

「リルと申します。不束者ですが、よろしくお願いします!」

 恐縮したようにお辞儀をしてきたので、密かに身構えていたアストリッドは完全に毒気を抜かれた。

 アストリッドは差別主義者ではない。
 むしろ、古くから続く家柄出身の貴族にしては柔軟なタイプで、特に自分がサリウスを産んで以降不妊で苦しんだために社交界で悪く言われていた経験もあって、周囲からの評判だけで他者を判断しないようにしてきた。

 しかし、そんな彼女でさえ初めて間近で見る獣人には一瞬たじろいだ。
 何せ二足歩行とはいえ相手は獰猛なイメージのある狼なのだ。
 お上品なアストリッドにはリルが今にも襲い掛かって来るのではないかと思えて、そんなことはないとわかってはいても一目見た瞬間、緊張が身体中を駆け巡ったが、彼女の心労はただの杞憂であった。

 決め手はリルの声音。
 長年社交界という戦場で鍛えられた彼女の直感が、リルは信用に値すると告げていた。
 後ろに控える使用人たちもリルをすっかり主人と認めているらしい。

 そもそも、どんな容姿であれあの息子サリウスの選んだ人なのだ。
 危険人物なはずがなかったとアストリッドは内心反省する。

 それに、見ようによってはこのリルという狼獣人、相当可愛い。
 いや、見れば見るほどと言うべきか。
 ちょこまか動く尻尾も、ピンッと立った耳も、クリクリした瞳もることながら、ポテポテ歩く姿がまるで、サリウスが幼い頃に王都のおもちゃ屋で買ってやった機械仕掛けのぬいぐるみのようで、何気ない動作一つにすら微笑ましい眼差しを向けてしまう。

 サリウスは案外面食いなのかしら。

 この年になって息子の意外な一面を目の当たりにするとは。
 アストリッドはそれだけでなんだか嬉しくなった。

 この分だと孫は毛むくじゃらかもしれない。
 それでもきっと子犬みたいで可愛いはず。

 すっかりリルの存在を受け入れたアストリッドはそんな確信をもって、夫と共に孫が寝ているという子供部屋に足を運んだ。

 道中、二人は目と目で、

「モコモコな孫よ!」
「絶対可愛い、今度こそいっぱい遊んであげよう」

 こんな会話をしていたが、いざリルに通された間へ入ると、ベビーベッドの上には幼き頃のサリウスそっくりな赤子がいて、言葉を失った。
 サリウスと同じ氷系統の魔力の気配も濃い。
 あ、これ絶対に懐いてくれない……と若干のトラウマが夫妻の脳裏に蘇った。
 というのも、二人の息子サリウスが自分たち親に大して懐かなかったからだ。

 アストリッドも彼女の夫も世間一般の親と同じかそれ以上の愛情を息子にかけたはずなのに、たとえ出張で家を空けたとしてもサリウスは父母を恋しがるどころか、帰って来るまで両親が不在であったことに気づかないような子供だった。

 おもちゃを買っても、王都で有名なレストランで食事をしても、休暇を別荘で過ごしても、何をしても「無」な息子。
 そのため、手はかからずとも、親としてのやりがいを完全に削ぎ落しにきているサリウスを寄宿学校にる前から大人と思って接してきた。

 良く言えば落ち着き払っている、悪く言えば可愛げがない。
 サリウスは嫁とは真反対のタイプであった。
 そしてこの孫、見た目は完全にサリウス似である。

「リ、リルさん、育児は大丈夫? 困りごとはない?」

 アストリッドはリルがサリウスと子に愛想を尽かさないか心配になるが、当のリルは「何が?」といった具合にキョトンとしている。

「えっと、あまり泣かないですし、寝つきも良いので助かっています。あっ、でも、僕は魔法が使えないので魔力に関してはサリウスさんのお手を煩わせてしまうんじゃないかと……」

 なんだか思っていたのと違う。

 アストリッドはもっと「子が無表情すぎて怖い」だとか「泣きもしなければ笑いもしない」とか、かつて自分が味わったのと同じ恐怖をこの狼獣人が味わっていると思っていた。

 しかし、実際は、

獣人ぼくから生まれているので他の子よりも良く食べますし、遠吠えもするので周囲に馴染めるか不安ですが、優しい子なので大丈夫だと、サリウスさんも言ってくれていますし」
 だから、きっと上手くいく。

 この口ぶりだけで、彼らがアストリッドの想像よりずっと「家族」らしいことがよくわかった。

「そう、それなら大丈夫そうね」
「はい」

 母二人は顔を見合わせてにっこり笑う。

 世の嫁姑にしては和やかなやりとりに、アストリッドの夫がホッと溜息をつくと、

「まんまあ」

 ちょうどタイミング良く子が目を覚ます。

「可愛い子ね」
「抱いてみますか?」

 リルの申し出に「いいの?」頷くと、ベビーベッドから抱き上げた子をそっと差し出される。

 ずっしり重い。
 サリウスが子供の頃よりもずっと。

「耳はリルさんと同じなのね」
「尻尾もあるみたいだ」

 改めて見てみれば子はサリウスよりもリルに似ている。
 穏やかな目元も機嫌よく微笑む口元も。
 形こそ人間のものであれ、雰囲気的な特徴はリルと同じ。

 これならきっと我々の二の舞にはならないわね。
 アストリッドの胸に安堵の色が滲む。

 しばらくして帰ってきた息子も最後に会った時よりずっと穏やかな顔をしていて、甘く優しい色を湛えた瞳でリルと子を見つめていた。

 まさかこの子が夫や父親の顔をするようになるなんて。良かった。幸せになったのね。
 親としてあげられたことは少ないけれど、これからは祖父母としてこの家族を見守っていこう。

 温かな陽射しが侯爵一家の子供部屋を照らしていた。
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