【本編完結済】氷の魔術師は狼獣人と巣ごもりしたい

ぷかり

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番外編(時系列順)

愛の告白

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・最終話より少し前のお話


 好きだと伝えてなかった。

 サリウスがそのことに気が付いたのは再会から一夜明けての翌日、草木も鎮まる頃のことだった。
 夫婦になるのだから当然とばかりに寝室を同じくして二日目。
 前夜はいろんなことがあり疲れただろうと何もせず、ただ並んで寝ただけであったが、まさか今日も大人しく眠りにつくはめになるだなんて思ってもいなかった。

 密かに何かあると期待して、なにかと理由をつけてリルを言いくるめ、なんとかベビーベッドごと子を侍女に預けたというのに……!
 これでは親子の時間を楽しんだ方がマシだったのではないだろうか。

 隣で横になっているリルなんて、

「幼い頃から自立のために一人で寝ないといけないなんて……貴族って大変なんですね」

 すっかり落ち込んでしまっている。
 サリウスとてリルをしゅんとさせたかったわけではないのだ。

「たまには親子で寝てもいい。ただ将来のために一人寝に慣れさせることもあるというだけで……」

 リルを慰めるために己が駆使した方便をうやむやにする。

 とはいえ、これも全くの嘘というわけではない。
 古くからの名家では生後まもなくであっても乳母に全てを任せることが多いのだが、近年教育論に学びを得た新興貴族をメインに母親手ずから子供を育てあげるケースも増えてきつつあるそうだ。

 これまでその辺りの事情は無関係だったため、まだまだ勉強不足は否めないが、サリウスは子の教育方針にリルの意見を取り入れようと考えている。
 しかし今重要なのはそこではない。

 子の成長に何よりも欠かせないのは親の愛情――ひいては親同士の良好な関係。
 なんて固い表現をしても仕方がない。

 サリウスはただ久々の再会に燃えるのも悪くないと思っただけ。
 有り体に言ってしまえば、リルと熱い夜を過ごしたかっただけなのに!
 なぜこんなことになってしまったんだと頭を抱えたくなっている。

 確かにサリウスは、

「夫婦の時間を持とう」

 とリルに言ったはずだ。

 それにリルも「はい」と頷いてくれたではないか。

 しかし、蓋を開けてみれば恥じらいも甘い雰囲気なども微塵もなく。むしろ殺伐とまではいかないものの、お通夜状態になりつつある。

 なぜだ。

 もう何度目になるかわからな自問を延々繰り返す。
 リルはいったい何を思っているのだろう。
 久々の再会で。番と二人きり。真夜中。邪魔するものは何もない。
 こんな絶好の機会になぜ「いちゃいちゃ」できないんだ。

 人の機微きびに疎いサリウスにはさっぱりわからない。

 薄暗い寝室でフカフカのベッドと薄い掛布に挟まれてうんうんと悩むことしばし。ついにサリウスはとんでもない失態に思い至る。

 そういえば、リルに「好き」だとも「愛している」とも伝えていない……?

 確かに「結婚しよう」「家族になろう」とは言った。
 それなのに愛の囁きはいっさい告げていなかったのである。
 これには目を見開いてサリウスも自分で自分に驚いてしまう。

 リルの認識ではサリウスとは親同士になったのであって恋人になったわけではない、ということだろうか。
 今の今まで両思いだと浮かれていたが、貴族の政略結婚のように夫婦になったからといって恋愛関係にあるわけでないこともある。
 あんなに反省したのにまだ意思の疎通ができていなかったのかもしれない。
 そこまで考えが巡って、サリウスは青ざめた。

 すぐにでも訂正して知らせなければ!

 慌てふためくあまり勢いよくガッと上体を起こしたサリウスに、ウトウトしかけていたリルの身体がビクッと反応する。

「どうかしたんですか?」

 のそのそとこちらを向くリルにサリウスは、愛を告げようと口を開く――が、上手く言葉が出てこない。

「あの、その、つまり」

 もっとスマートに伝えるつもりだったのに。
 いざ目の前の相手に気持ちを話そうとすると途端に言葉が不自由になる。

 そんなサリウスをリルは身体を起こし聞く体勢に入り辛抱強く待ってくれていた。
 幼児にするようにサリウスの手を優しく包む薄い夏毛が肌を撫でると、リルはきっとサリウスが落ち着くようにそうしてくれているのに、むしろ緊張が強くなる。
 これよりもっと近づいたことがあるのに、肌を合わせたことだってあるのに。その時よりもずっと。

 闇夜に溶けたリルの優しい瞳に満ちる慈愛の光に促され、サリウスは唇を震わせながらも、

「リルが好きだ。愛している」

 言い切った。

 リルの丸い目がさらに丸くなる。
 ぶわっと広がった毛が気持ち良さそうで、サリウスが抱きつくと、リルもそっと抱き返してくれた。

「いつから……?」

 遠慮がちに尋ねる声。
 リルの方がよほど心細そうで、それを聞いていると今度こそサリウスは落ち着いてきた。

「たぶん最初から」

 自覚がなかっただけで、とっくの昔にサリウスはリルに落ちていた。

「じゃないと初対面で可愛いなんて思うはずがない。こんな感情は初めてなんだ」

 思えば子を別としてリル以外誰かに「可愛い」なんて気持ちを抱いたことなんてない。

「僕だって初めてですよ」

 サリウスさんが好きです、と控えめにリルが微笑む。
 
 ついに心まで結ばれた。
 あまりの多幸感にサリウスの胸はきゅうと締め付けられるようだった。
 鼻の奥がツンッと染み、その甘酸っぱさが全身を駆け巡る。
 
「もう離さない」

 顔を埋めた首筋からは花橘が香っていた。
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