上 下
105 / 258
転生〜統治(仮題)

ケロちゃん

しおりを挟む
40階のボスであるケルベロスの元へと向かったオレは、現在全力で正座させられている。どうしてそんな事になっているのかと言うと、時は少しだけ遡る。

ボス部屋の扉を開けると、そこは体感的に30階のボス部屋よりも広いようだった。当然薄暗く、ケルベロスは見えない。ゆっくりとボスへと向かいながら、ケルベロスについて話していた。

「本で読んだ事しか無いけど、ケルベロスって3つの首を持つのよね?」
「そう言われてますね。私も伝説でしか知りませんが、おそらくはかなりの強敵だと思います。」
「所詮は犬でしょ?大丈夫だって!特大って書いてあったけど、ちょっと大きいワンちゃんなら楽勝じゃない?」
「「特大?」」
「そう。あんな表現は初めて見たけど、別に気にする必要な・・・・・は?」
「「「・・・デカ!!」」」

ナディアとティナが心配そうにしていたが、少し大きいワンちゃんだと思っていたオレは、余裕だと思っていた。2人を落ち着かせようとしたのだが、うっかり口を滑らせた。それはもう饒舌と表現するのが適切な程。食用油と間違えて、潤滑油を舐めたんじゃないかと思う程に滑りまくった。

そして言葉の途中で、何やら動く山のような影を視界に捕らえた。のしのしと歩み寄って来る影は、次第にその姿を鮮明にする。それが何なのか理解した瞬間、全員が声を揃えたのだ。

あり得ない。首が3つある事?そんなのは大した問題じゃない。黒いドーベルマンが3匹いると思えばいいんだ。大切なのは頭じゃない。いや、頭も大切かもしれないが、問題なのは全身だ。オレの認識では、ケルベロスという存在は大型の狼程度の大きさだった。しかし、目の前のそれは、ヒュドラよりも大きかった。

一度『お手』をさせようものならば、人が10人まとめてぺしゃんこになるだろう。零れ落ちるヨダレに巻き込まれたら、溺れる子供も出るかもしれない。とりあえずオレは、鑑定魔法に文句を言う事にした。

「特大じゃねぇよ!超巨大じゃねぇか!!この鑑定魔法のバグ、誰か修正しておけよ!!」
「バカな事言ってるんじゃないわよ!」
「ルーク、ちょっとこっちに来なさい!」

ナディアはともかく、ついにはティナの口調も変化してしまった。かなり貴重な体験である。怒ったティナさんを見るのは、実に10年ぶりだろうか?感慨にふける間も無く、2人に襟首を掴まれてボス部屋の外へと連れ出され、現在に至る。

「あんたねぇ!大きいなら大きいって先に言いなさいよ!!」
「特大なんて、ちょっと大きい程度だと思うでしょ!?」
「ルーク?今回ばかりは、お姉ちゃんも流石に我慢の限界かなぁ?」
「「・・・ティナさん?」」

明らかに普段とは異なる口調に、オレだけでなくナディアまで不審に思ったようだ。しかし、オレにはわかる。この感じは、本気でキレている時のティナだ。逆らってはいけない。人生で1度だけ経験した事があるが、普段温厚な人程キレた時の反動は凄まじい。

「冒険者として事前の情報収集がどれだけ大切か、口を酸っぱくして教えたはずよね?」
「それはまぁ・・・はい。」
「それなのにナディアはともかく、どうして私にも言わないの!?」
「ちょっと、私はともかくって何よ!?」
「静かにしてなさい!」
「は、はい・・・。」

口を挟んだナディアが叱られたのを見て、オレはうっかりほくそ笑んでしまった。しかし、それを見逃すティナさんでは無い。『キッ!』とオレを睨み、怒りの矛先が戻って来る。

「何笑ってるの!いい!?大体ルークは毎回毎回、思慮が足りな過ぎる!そもそも何なの?大きいワンちゃん?近所で飼われてる犬じゃあるまいし!おまけに鑑定魔法の表現にまでケチつけて!!前々から言おうと思ってたけど・・・・・・・・・・・・・」

こんな感じでティナの説教は1時間近くにも及んだ。必死に耐えたオレは、ボス戦を前にして既に瀕死の状態である。お陰でオレとナディアの認識は深まっただろう。『ティナこえぇ』と。

そんなオレ達の心境を知ってか知らずか、グロッキーなオレとは対象的に、すっきりしたティナは満足そうな笑顔でオレ達に告げる。

「それでは行きましょうか?」
「「は、はい!!」」

姿勢を正したオレとナディアは、元気良く返事をする。敬礼でもしそうな程だった。僕、今日はティナお姉ちゃんの言う事聞きます!だっていい子だもん!!

「伝承では、ケルベロスはそれぞれの首が魔法を放つと伝えられています。まずは遠距離から様子を見て、火魔法を放つ首がルーク、氷がナディア、風が私の担当にしましょう。いいですか?」
「「イエス、サー!!」」

気を取り直して、今度はティナさんが扉を開く。警戒しながら進んで行くと、ケルベロスは部屋の中央で待ち構えていた。飛び出したい衝動を抑え、ティナ隊長の指示を仰ぐ。

「ナディアは横に回って撹乱!私はナディアの反対側に回りますので、ルークは正面から魔法で注意を引きつけて下さい!」
「「イエス、サー!」」
「2人とも、後で覚えていて下さいね?」

オレとナディアの悪ふざけに、ティナが笑顔でそう告げる。目が笑っていなかったのは、多分気のせいだろう。・・・そう思おう。

ティナとナディアが横に周り込めるよう、特大のファイアーアローとアイスアローを連発する。左の首がファイアーアローを氷のブレスで相殺し、真ん中の首がアイスアローを炎のブレスで相殺した。つまり、左がナディア、真ん中がオレ、右がティナの担当という事になる。

真ん中はハズレなのだが、ティナとナディアの危険が少なくなったと思えば安い物である。と言うのも、左右の首はすぐに真ん中を向く事が出来る。しかし横の相手に対しては、体を動かす必要があるので隙が出来やすいのだ。見掛けによらず俊敏な動きをするので、些細な事ではあるのだが。

今更ではあるが、禁術を使わないのはヒュドラの時と同じ理由である。今回はオレとのレベル差を考え、単独での特攻は遠慮した。オレより速かったら、ガブっといかれてしまうからだ。まぁ、パクっといかれるの間違いだったが・・・。

遠距離攻撃の手段が無いナディアを援護する為、オレは左の首を集中的に攻撃する。その隙をついてナディアが接近すると、強烈な『おかわり』が繰り出された。説明しておくが『お手』は右手である。どうでもいいね。

実に長く感じられた数分間であるが、何度もナディアの援護をしていると、不意に冷たい視線が突き刺さるのを感じた。これは、『ナディアばかり援護しやがって』というティナ隊長の物である。あの方を怒らせてはいけない。ナディアの動きに注意しなければならず全く余裕は無いのだが、オレは渋々ティナ隊長の援護も引き受ける事にした。火・氷・風魔法に加え、時折土魔法も放つオレは、魔力よりも集中力に負担を強いられる。

泣きたい気持ちでいっぱいだが、ティナ隊長の為なので歯を食いしばる。強烈な一撃をお見舞いしてやろうなんて考えも過るが、勝手な行動は後が怖いので論外だ。

ナディアの攻撃しか与えられなかったのだが、ティナがダメージを与えられるようになると状況は一変する。雪椿によって体を斬りつけられる度、ケルベロスの動きは鈍くなっていく。打撲よりも裂傷の方が有効なのだろう。

長く続いた膠着状態が崩れると、あとは呆気ない物だった。決定打と言える一撃がナディアとティナによって繰り出されると、ケルベロスは動きを止め、大きな衝撃と共に床へと横たわる。倒した事を確認すると、ティナとナディアが戻って来た。

あちこち怪我をしているようだったので、すぐさま回復魔法を使用する。流石に無傷での勝利とはいかなかったが、無事で何よりだ。嫁入り後だから、傷がついても良い訳ではない。程々に働いて貰えれば充分である。横になってせんべいを食いながら、昼ドラを観てさえいなければ不満など無い。

「ありがとう、ルーク。」
「援護して頂けて助かりました。ですが、ナディアばかり贔屓するのはズルいと思いますよ?少し傷つきました。ですからお詫びに今度、私のお願いを聞いて下さいね?」
「いや、あれはナディアに遠距離攻撃の手段が無かったからで・・・」
「言い訳ですか?男らしくありませんよね?」
「それは・・・はい。わかりました。」

ティナの言おうとしている事はわかる。全員の武器を作る以上、遠距離攻撃の手段も用意すべきなのだ。好き勝手に放浪して、そうしなかったオレの落ち度である。あれ?何時から皆の武器職人になったんだ?・・・考えるのはよそう。

「それではケロちゃんを回収して、先に進みましょう。」
「「ケロちゃん?」」

何、その可愛らしい名前。ナディアにもわからなかったようで、オレ達は揃って首を傾げる。その様子を見て、ティナが説明してくれる。

「ケルベロスだからケロちゃんです。でも、ケロちゃんは食べられるのでしょうか?」
「ケロちゃんって・・・。」

ティナのネーミングセンスに、ナディアは絶句してしまった。そんなに可愛らしい姿じゃないと思います。でも、地球でも犬は昔食べられてたと聞いた気がする。確か・・・・

「1白2赤3黒4ブチって聞いた事あるから、多分食べられると思うよ?」
「何よ、それ?」
「美味しい順番だって。白い犬が1番美味しいらしくて・・・ケロちゃんは黒いから3番目かな?」
「・・・誰情報なの?」
「ん?前世の記憶。戦後の貧しい時代に、田舎の各家が持ち回りで飼ってる犬を食べたって話を聞いた事がある。ウソかホントか知らないけどね?」

オレの説明に、ナディアは体を掻き抱いて身震いする。犬を飼ってたオレだって、犬を食べようとは思わない。動物は愛でるべき存在なのだ。モフモフは崇高なのである!

「恐ろしい世界ね・・・この世界に産まれて良かったと、初めて思ったわ。」
「3番目ですか・・・1番じゃないのは残念ですが、食べてみればわかりますね!」

ナディアが怖い想像をしている中、ティナは楽しい想像をしていたらしい。オレ、確か『近所で飼われてる犬じゃあるまいし!』って叱られた気がするんですけど・・・。

結局ティナの中でも犬扱いだよね!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

異世界転生でチートを授かった俺、最弱劣等職なのに実は最強だけど目立ちたくないのでまったりスローライフをめざす ~奴隷を買って魔法学(以下略)

朝食ダンゴ
ファンタジー
不慮の事故(死神の手違い)で命を落としてしまった日本人・御厨 蓮(みくりや れん)は、間違えて死んでしまったお詫びにチートスキルを与えられ、ロートス・アルバレスとして異世界に転生する。 「目立つとろくなことがない。絶対に目立たず生きていくぞ」 生前、目立っていたことで死神に間違えられ死ぬことになってしまった経験から、異世界では決して目立たないことを決意するロートス。 十三歳の誕生日に行われた「鑑定の儀」で、クソスキルを与えられたロートスは、最弱劣等職「無職」となる。 そうなると、両親に将来を心配され、半ば強制的に魔法学園へ入学させられてしまう。 魔法学園のある王都ブランドンに向かう途中で、捨て売りされていた奴隷少女サラを購入したロートスは、とにかく目立たない平穏な学園生活を願うのだった……。 ※『小説家になろう』でも掲載しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

スキル運で、運がいい俺を追放したギルドは倒産したけど、俺の庭にダンジョン出来て億稼いでます。~ラッキー~

暁 とと
ファンタジー
スキル運のおかげでドロップ率や宝箱のアイテムに対する運が良く、確率の低いアイテムをドロップしたり、激レアな武器を宝箱から出したりすることが出来る佐藤はギルドを辞めさられた。  しかし、佐藤の庭にダンジョンが出来たので億を稼ぐことが出来ます。 もう、戻ってきてと言われても無駄です。こっちは、億稼いでいるので。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...