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虹 隠れて見えず
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いつもだったらあったかいセンセの指先が、ほんのり冷えていることに気づいて、余計に握った手が離せない。
そうしてジッとハジメさんを見つめていたら、俯いていた視線がうろっと揺れて、メガネ越しの視線が、ふいにハッキリ俺を見た。
「……ありがと、キヨくん。そう言ってくれて、本当に嬉しい。……でも、これは俺の問題でもあるし、ここで……逃げないで一人で立て直せるかが、これから先、何かあった時に自分をしっかり持てるかの起点になる気がするんだ。だから……辛くて見るのも嫌だけど、ちゃんと自分と向き直っておこうとは思う。……ゴメンね、心配ばっかりかけちゃって」
返ってきた答えは、俺の予想とは全然違っていて、それでもセンセらしかった。
思わずため息をついて、そして少し苦笑する。
「…………。いえ、……そうですね、いつも心配ばっかりさせられますけど、これは俺も好きでやってることなんで。……ただセンセ、センセは一人じゃないんで。辛い時、センセは一人で抱え込んじゃおうとしますけど、今度は俺に話してください。俺じゃ嫌なら、リンさんでも、誰でも。……俺もまだ、……全然経験が足りなくて、すごく頼りないかとは思いますけど」
だから、早く大人になりたかった。
少しでも大きくて強くてしっかりした頼れる大人になって、センセにくたりと身を預けてほしかった。
今でもその気持ちは変わってないけど、背伸びの末に形だけ大人になったって、それだけじゃセンセのおっきくて重い体は支えられないのは、今は良く思い知っている。
「……キヨくんは頼りなくないよ。むしろ頼り過ぎちゃって……足を引っ張っちゃって、ホントにゴメン。ゴメン……」
いつの間にかギュっとセンセに俺の手が握り込まれる形になっていて、そのまま俯いたセンセに辛そうに謝られる。
俺はその手を力を込めて強く握り直した。
「謝られる事じゃないですし、足を引っ張られてもいないです。……ハジメさん、こっち、俺の方、ちゃんと見てください。俺、もうすぐ成人なんですよ、ほら」
センセの手をそっと開かせて、俺の頬にその大きな手のひらを当てる。
俯いていた顔が、のろのろと俺を見て、くしゃっと苦しそうなままに笑った。
「……ね? センセ、だからあとちょっとだけ。俺のためにその隣開けといてください。センセが嫌でも、苦しくても、なんでも」
そのまま、もう一度手のひらにすり寄るように頬をくっつけてから、センセの体を支えて、くにゃりと伏せるような形から引っ張り起こした。センセが今度こそ本当に笑って、そうだねと続ける。
「うん、ホントに。ホントにおっきくなったね、キヨくん。俺の重さなんか物ともしないくらい」
「はい。センセくらい全然軽々……はちょっとウソですけど。……さて、編みかけだったんで、髪の続きやっちゃいますね。……ほら、センセがフニャフニャするから、最初からやり直しですけど」
「ホントにゴメン……」
「はい、謝るより、背筋伸ばしてまっすぐ前見ててくださいねー」
もう一度最初から、そのふわふわの髪を梳き直して、今度こそ俺はセンセの髪をふんわり優しいいつもの三つ編みに結び直した。
いつも通りの姿になったセンセが、コーヒーを淹れに行くついでに土産も取ってきてくれたので、全部、袋から出して貰って、ちゃぶ台に並べてみる。
リンさんリクエストらしい重そうなジャムの瓶がいくつも、パック詰めされた栗きんとんに栗羊羹なんかの栗菓子、クルミや杏の蜜漬、惣菜類。菓子がやたらと多いのもリンさん宛の土産の余りなのかな。
なんにせよ、すごい量で、いくらセンセでも結構持って帰ってくるのは大変そうだった。
そして最後にずしんと、白っぽい褐色の大きなパックの塊を出してくる。
「……味噌買ってきてほしいとは言いましたけど、すごい量買ってきましたね……。これ、軽く一キロくらいありません?」
「ごめん、日持ちするからいいかと思って……。真空パックになってて、冷暗所なら一年くらい持つって言ってたから」
「まあ、俺としては有難いですけど。あ、すごい、真空の惣菜なんてあるんだ。……リンさんリクエストですか、これ?」
「え、なんでわかったの?」
……ローストビーフに明らかに手の込んだ洋惣菜、なんてリンさんの好みど真ん中なんで。
キョトンとするセンセに、適当に頷いて、有難くおすそ分けを貰う内に、センセが何かを大事そうに出してきた。
箱に入っていたそれを大事に取り出して、俺の前へと差し出してくる。
「……これ、……あ、もしかしてお守りですか? もしかして、このためにお寺行きました?」
「うん、散歩もついでに行きたかったから、このためってだけじゃないけど。……俺だとどっちがいいかわかんなくて、迷ったの二つとも買って来ちゃった。お守りってたくさん持つとケンカするっていうけど、これは同じお寺のだから仲良く出来るかなって思って」
白い生地に黒でハッキリ「勝」って書いてあるのと、五角形にしっかり「合格」って入ってるお守りの二つを受け取って、すごく分かりやすくて、思わず笑う。
いいな、こういうの。やっぱり好きだ、ハジメさん。
「……はい。うん、すごい嬉しいです。……当日これ2つとも持ってって、絶対勝つし、合格します。……有難うございます、ハジメさん」
「……うん。俺も応援してるから、だから頑張って」
いつものほわっとした笑顔で笑って、俺の頭をポンポンと撫でてくれるおっきい手を噛みしめる。
どんな変な質問が飛んできても、面倒な役割が任されても、これさえ握ってれば絶対合格できると思うし、してみせる。
全部乗り越えた先に、この人がこうして笑顔で待っててくれるのなら、なんだって。
そうしてジッとハジメさんを見つめていたら、俯いていた視線がうろっと揺れて、メガネ越しの視線が、ふいにハッキリ俺を見た。
「……ありがと、キヨくん。そう言ってくれて、本当に嬉しい。……でも、これは俺の問題でもあるし、ここで……逃げないで一人で立て直せるかが、これから先、何かあった時に自分をしっかり持てるかの起点になる気がするんだ。だから……辛くて見るのも嫌だけど、ちゃんと自分と向き直っておこうとは思う。……ゴメンね、心配ばっかりかけちゃって」
返ってきた答えは、俺の予想とは全然違っていて、それでもセンセらしかった。
思わずため息をついて、そして少し苦笑する。
「…………。いえ、……そうですね、いつも心配ばっかりさせられますけど、これは俺も好きでやってることなんで。……ただセンセ、センセは一人じゃないんで。辛い時、センセは一人で抱え込んじゃおうとしますけど、今度は俺に話してください。俺じゃ嫌なら、リンさんでも、誰でも。……俺もまだ、……全然経験が足りなくて、すごく頼りないかとは思いますけど」
だから、早く大人になりたかった。
少しでも大きくて強くてしっかりした頼れる大人になって、センセにくたりと身を預けてほしかった。
今でもその気持ちは変わってないけど、背伸びの末に形だけ大人になったって、それだけじゃセンセのおっきくて重い体は支えられないのは、今は良く思い知っている。
「……キヨくんは頼りなくないよ。むしろ頼り過ぎちゃって……足を引っ張っちゃって、ホントにゴメン。ゴメン……」
いつの間にかギュっとセンセに俺の手が握り込まれる形になっていて、そのまま俯いたセンセに辛そうに謝られる。
俺はその手を力を込めて強く握り直した。
「謝られる事じゃないですし、足を引っ張られてもいないです。……ハジメさん、こっち、俺の方、ちゃんと見てください。俺、もうすぐ成人なんですよ、ほら」
センセの手をそっと開かせて、俺の頬にその大きな手のひらを当てる。
俯いていた顔が、のろのろと俺を見て、くしゃっと苦しそうなままに笑った。
「……ね? センセ、だからあとちょっとだけ。俺のためにその隣開けといてください。センセが嫌でも、苦しくても、なんでも」
そのまま、もう一度手のひらにすり寄るように頬をくっつけてから、センセの体を支えて、くにゃりと伏せるような形から引っ張り起こした。センセが今度こそ本当に笑って、そうだねと続ける。
「うん、ホントに。ホントにおっきくなったね、キヨくん。俺の重さなんか物ともしないくらい」
「はい。センセくらい全然軽々……はちょっとウソですけど。……さて、編みかけだったんで、髪の続きやっちゃいますね。……ほら、センセがフニャフニャするから、最初からやり直しですけど」
「ホントにゴメン……」
「はい、謝るより、背筋伸ばしてまっすぐ前見ててくださいねー」
もう一度最初から、そのふわふわの髪を梳き直して、今度こそ俺はセンセの髪をふんわり優しいいつもの三つ編みに結び直した。
いつも通りの姿になったセンセが、コーヒーを淹れに行くついでに土産も取ってきてくれたので、全部、袋から出して貰って、ちゃぶ台に並べてみる。
リンさんリクエストらしい重そうなジャムの瓶がいくつも、パック詰めされた栗きんとんに栗羊羹なんかの栗菓子、クルミや杏の蜜漬、惣菜類。菓子がやたらと多いのもリンさん宛の土産の余りなのかな。
なんにせよ、すごい量で、いくらセンセでも結構持って帰ってくるのは大変そうだった。
そして最後にずしんと、白っぽい褐色の大きなパックの塊を出してくる。
「……味噌買ってきてほしいとは言いましたけど、すごい量買ってきましたね……。これ、軽く一キロくらいありません?」
「ごめん、日持ちするからいいかと思って……。真空パックになってて、冷暗所なら一年くらい持つって言ってたから」
「まあ、俺としては有難いですけど。あ、すごい、真空の惣菜なんてあるんだ。……リンさんリクエストですか、これ?」
「え、なんでわかったの?」
……ローストビーフに明らかに手の込んだ洋惣菜、なんてリンさんの好みど真ん中なんで。
キョトンとするセンセに、適当に頷いて、有難くおすそ分けを貰う内に、センセが何かを大事そうに出してきた。
箱に入っていたそれを大事に取り出して、俺の前へと差し出してくる。
「……これ、……あ、もしかしてお守りですか? もしかして、このためにお寺行きました?」
「うん、散歩もついでに行きたかったから、このためってだけじゃないけど。……俺だとどっちがいいかわかんなくて、迷ったの二つとも買って来ちゃった。お守りってたくさん持つとケンカするっていうけど、これは同じお寺のだから仲良く出来るかなって思って」
白い生地に黒でハッキリ「勝」って書いてあるのと、五角形にしっかり「合格」って入ってるお守りの二つを受け取って、すごく分かりやすくて、思わず笑う。
いいな、こういうの。やっぱり好きだ、ハジメさん。
「……はい。うん、すごい嬉しいです。……当日これ2つとも持ってって、絶対勝つし、合格します。……有難うございます、ハジメさん」
「……うん。俺も応援してるから、だから頑張って」
いつものほわっとした笑顔で笑って、俺の頭をポンポンと撫でてくれるおっきい手を噛みしめる。
どんな変な質問が飛んできても、面倒な役割が任されても、これさえ握ってれば絶対合格できると思うし、してみせる。
全部乗り越えた先に、この人がこうして笑顔で待っててくれるのなら、なんだって。
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