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款冬の花 咲く
47 ※先生視点
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キヨくんの容態が安定しているのを確認して、一度閉店作業にと店に戻った。
今回の症状なら、すでに調薬済みの薬に材料を一つ二つ足すくらいでいいからすぐに作れる。
戻った店内は既に入り口は閉じられていて、診察台の辺りでリンちゃんが今日の分のカルテを入力していた。
声だけかけて、調剤室に引っ込もうとした俺をリンちゃんが静かな声で呼び止める。
「……ハジメくん、ちょっといい?」
「……あ、うん、ちょっと待って」
調薬の下準備だけしてから、リンちゃんの所に引き返す。
無言で診察用の椅子を促されて、なんだか静かなリンちゃんに居心地が悪くなりながら座る。
「どうしたの? ……俺、薬作り終わったら出来るだけ早くキヨくんの所戻りたいんだけど……」
「うん、分かってる。 ただ、ハジメくんの事だから、今言っとかないと逃げると思って」
「…………」
キィッと軋む椅子ごと俺の方をまっすぐに見て、リンちゃんが言う。
「……あのね、大人を逃げる口実にしないこと。どんなにちっちゃくてもでっかくても、まっすぐな気持ちでぶつかられたら受け止めてあげなさい。ちゃんと答えを貰わないと、人間って先に行けないのよ」
「…………何の話?」
いぶかしげにする俺の膝が細いけど力強い手でギュっと握られて、そのままその場に押し留められる。
「いいから、ちゃんと聞いて。それに、ハジメくんが思ってるほど、ハジメくんは一人ぼっちになれない。お爺ちゃんのおかげでね。……隠してるそのケガの事だって、私たちに気づかれてないってホントに思ってた? ……家族に連絡来ないわけないじゃない」
「…………」
無言で、ただ俯こうとする俺の膝を、顔を上げろというように細いくせに力強い指が叩く。
目を上げれば、いつものリンちゃんよりは優しい表情で、安心しろというふうに笑う。
「ただ、あの時のハジメくんはもう体も心もボロボロで、ちょっとしたきっかけで壊れちゃいそうだったから私たちは黙ってただけ。 ……とにかく、逃げないで真面目に向き合ってね。うちの貴重な戦力をもっかい逃したりしたら、次の日起きれなくなっても知らないから」
「…………。分かったよ、逃げないで向き合うって約束するから」
「よし、言質は取ったからね。今までのか弱い私と一緒だと思わない方がいいわよ」
「……今までも、……何でもない」
ようやく膝から手が離れてホッとする俺の目の前で、リンちゃんがシュッシュと結構な速さのシャドーボクシングを見せる。
私、最近ボクササイズ習いに行ってるから、ストレートにはキレがあるわよ、とリンちゃんがニヤッと笑った。
そんなことがあったから、湯薬を持って戻ってくるのは思ったより後になってしまって、慌てて居間に飛び込みかけてそっと足音を潜める。
行きに乗せておいたタオルはすっかり温くなって、寝返りを打ったらしいキヨくんの脇に落ちていた。
額にそっと手を当ててみれば、少しだけ熱が下がっている気がして念のため脇に体温計を挟ませようとしたら、パチリと起きたばかりらしい茫洋とした目のキヨくんと目が合った。
「………………、あれ、俺……」
「……無理しないで。咲子ちゃんにはちゃんと電話してあるし、様子次第で、明日の朝にでも学校には連絡入れておくから。 ……あ、でも、ちょうどいいから薬と……何か食べられそうなら食べようか」
「……すみませ、……あんま、……でなく」
「うん、無理して喋らなくていいから」
水分あんまり取れてないし、喉が辛いんだろうな。
体を起こすのを手伝って先に補水液から飲んでもらう間に、リンちゃんが置いてった和菓子の小箱とゼリーとスプーンとリンゴとおろし器を台所からかき集めて急いで戻る。
幸い、キヨくんはまだ起きていて、ゆっくりゆっくりペットボトルを傾けていた。
ある程度飲めたところで、湯薬の入った湯呑を手渡して小箱からいくつか和三盆糖を取り出した。
飲み終わったのを見計らって、口に含んでもらう。
サッと口で溶けるので、今の喉が辛い時でも食べやすいはずだ。
「ゼリーもちょっと食べておいて。すりおろしのリンゴはいる? ……うん、首振るだけでいいからね。いる?わかった」
こういう時のキヨくんはすごく素直だ。
座るのも今はしんどいだろうから、と毛布を丸めて背と布団の間に挟むのもすんなり従ってくれたし、すりおろしリンゴを食べている間に俺が取りに行ったTシャツとパジャマも抵抗なく着替えてくれた。
俺が洗面器の水を替えに行っている間に、ピピッと体温計の音がしたので念のため熱も見ておく。
「38度ちょっとか……、まだ高いね……。この調子なら明日は休んだ方がいいと思う。あ、咲子ちゃんは元気そうだったよ。また朝に確認の電話入れてみるから、心配しなくても大丈夫」
「すみませ、ん……」
「気にしないで、小さい頃は結構あったじゃない、こういうの」
俺が笑って言うと、キヨくんもつられたようにふわっと笑う。
その笑顔が本当に幼くて、小さい頃みたいで、何だかキリキリと胸が痛む。
「……センセ、」
「……うん? 何か欲しい?」
自然と手元に落ちていた視線をキヨくんに戻すと、彼はふわふわ笑ったまま俺に腕を伸ばしていた。
そのまま、ぽすっと抱きつかれてキヨくんが胸に埋まる。
俺が硬直してなにも出来ないうちに、居心地の良い所を探ったらしいキヨくんはそのままスヤスヤと寝始めた。
「…………、どうしようかな、これ……」
熱のせいで普段は張り巡らしてある緊張も警戒も背伸びもなにもかも溶かしてしまったキヨくんは、本能的に温かい枕を求めたらしい。
そういえば、小さい頃も冬は俺の布団に潜りこんでいたっけ。
ほんのりと汗で湿った彼の髪を顔が見えるようにその耳へかけて、軽く手のひらで頭を撫でる。
まだ成長途上とはいえ、小さい頃に比べればすくすく育ってシッカリ男の体形になってきているのに、それでもその体が小振りに感じるのは俺の体格がデカいせいからだろうけど。
「剥がしたら起きちゃうだろうから……仕方ないか」
ちゃんと布団に入れてあげたいけど、このままだと俺が動けない。
とりあえず、彼の背側に丸めておいた毛布を引き抜いて、ちゃんと彼が横になれるようにする。
俺ごと体を横たえて、その上から掛け布団を掛けると完全に添い寝の形で、意識のハッキリしたキヨくんが見たらギョッとするだろうなと思うと思わず笑えた。
でも俺にとっては思いがけない役得で、これもいい思い出だ。
ポンポンと背を撫でて、苦しくないくらいでゆるく抱き寄せる。
……少しすれば、キヨくんも暑くて腕が緩むだろうからその時までは。
「……おつかれさま。おやすみ、キヨくん」
小さい頃よくしていたみたいに、ポン、ポン、とゆっくりしたリズムで背を撫でる。
彼が起きるまで、意識がはっきり覚醒するまで、と自分に言い訳しながら俺も少しだけ目を瞑った。
今回の症状なら、すでに調薬済みの薬に材料を一つ二つ足すくらいでいいからすぐに作れる。
戻った店内は既に入り口は閉じられていて、診察台の辺りでリンちゃんが今日の分のカルテを入力していた。
声だけかけて、調剤室に引っ込もうとした俺をリンちゃんが静かな声で呼び止める。
「……ハジメくん、ちょっといい?」
「……あ、うん、ちょっと待って」
調薬の下準備だけしてから、リンちゃんの所に引き返す。
無言で診察用の椅子を促されて、なんだか静かなリンちゃんに居心地が悪くなりながら座る。
「どうしたの? ……俺、薬作り終わったら出来るだけ早くキヨくんの所戻りたいんだけど……」
「うん、分かってる。 ただ、ハジメくんの事だから、今言っとかないと逃げると思って」
「…………」
キィッと軋む椅子ごと俺の方をまっすぐに見て、リンちゃんが言う。
「……あのね、大人を逃げる口実にしないこと。どんなにちっちゃくてもでっかくても、まっすぐな気持ちでぶつかられたら受け止めてあげなさい。ちゃんと答えを貰わないと、人間って先に行けないのよ」
「…………何の話?」
いぶかしげにする俺の膝が細いけど力強い手でギュっと握られて、そのままその場に押し留められる。
「いいから、ちゃんと聞いて。それに、ハジメくんが思ってるほど、ハジメくんは一人ぼっちになれない。お爺ちゃんのおかげでね。……隠してるそのケガの事だって、私たちに気づかれてないってホントに思ってた? ……家族に連絡来ないわけないじゃない」
「…………」
無言で、ただ俯こうとする俺の膝を、顔を上げろというように細いくせに力強い指が叩く。
目を上げれば、いつものリンちゃんよりは優しい表情で、安心しろというふうに笑う。
「ただ、あの時のハジメくんはもう体も心もボロボロで、ちょっとしたきっかけで壊れちゃいそうだったから私たちは黙ってただけ。 ……とにかく、逃げないで真面目に向き合ってね。うちの貴重な戦力をもっかい逃したりしたら、次の日起きれなくなっても知らないから」
「…………。分かったよ、逃げないで向き合うって約束するから」
「よし、言質は取ったからね。今までのか弱い私と一緒だと思わない方がいいわよ」
「……今までも、……何でもない」
ようやく膝から手が離れてホッとする俺の目の前で、リンちゃんがシュッシュと結構な速さのシャドーボクシングを見せる。
私、最近ボクササイズ習いに行ってるから、ストレートにはキレがあるわよ、とリンちゃんがニヤッと笑った。
そんなことがあったから、湯薬を持って戻ってくるのは思ったより後になってしまって、慌てて居間に飛び込みかけてそっと足音を潜める。
行きに乗せておいたタオルはすっかり温くなって、寝返りを打ったらしいキヨくんの脇に落ちていた。
額にそっと手を当ててみれば、少しだけ熱が下がっている気がして念のため脇に体温計を挟ませようとしたら、パチリと起きたばかりらしい茫洋とした目のキヨくんと目が合った。
「………………、あれ、俺……」
「……無理しないで。咲子ちゃんにはちゃんと電話してあるし、様子次第で、明日の朝にでも学校には連絡入れておくから。 ……あ、でも、ちょうどいいから薬と……何か食べられそうなら食べようか」
「……すみませ、……あんま、……でなく」
「うん、無理して喋らなくていいから」
水分あんまり取れてないし、喉が辛いんだろうな。
体を起こすのを手伝って先に補水液から飲んでもらう間に、リンちゃんが置いてった和菓子の小箱とゼリーとスプーンとリンゴとおろし器を台所からかき集めて急いで戻る。
幸い、キヨくんはまだ起きていて、ゆっくりゆっくりペットボトルを傾けていた。
ある程度飲めたところで、湯薬の入った湯呑を手渡して小箱からいくつか和三盆糖を取り出した。
飲み終わったのを見計らって、口に含んでもらう。
サッと口で溶けるので、今の喉が辛い時でも食べやすいはずだ。
「ゼリーもちょっと食べておいて。すりおろしのリンゴはいる? ……うん、首振るだけでいいからね。いる?わかった」
こういう時のキヨくんはすごく素直だ。
座るのも今はしんどいだろうから、と毛布を丸めて背と布団の間に挟むのもすんなり従ってくれたし、すりおろしリンゴを食べている間に俺が取りに行ったTシャツとパジャマも抵抗なく着替えてくれた。
俺が洗面器の水を替えに行っている間に、ピピッと体温計の音がしたので念のため熱も見ておく。
「38度ちょっとか……、まだ高いね……。この調子なら明日は休んだ方がいいと思う。あ、咲子ちゃんは元気そうだったよ。また朝に確認の電話入れてみるから、心配しなくても大丈夫」
「すみませ、ん……」
「気にしないで、小さい頃は結構あったじゃない、こういうの」
俺が笑って言うと、キヨくんもつられたようにふわっと笑う。
その笑顔が本当に幼くて、小さい頃みたいで、何だかキリキリと胸が痛む。
「……センセ、」
「……うん? 何か欲しい?」
自然と手元に落ちていた視線をキヨくんに戻すと、彼はふわふわ笑ったまま俺に腕を伸ばしていた。
そのまま、ぽすっと抱きつかれてキヨくんが胸に埋まる。
俺が硬直してなにも出来ないうちに、居心地の良い所を探ったらしいキヨくんはそのままスヤスヤと寝始めた。
「…………、どうしようかな、これ……」
熱のせいで普段は張り巡らしてある緊張も警戒も背伸びもなにもかも溶かしてしまったキヨくんは、本能的に温かい枕を求めたらしい。
そういえば、小さい頃も冬は俺の布団に潜りこんでいたっけ。
ほんのりと汗で湿った彼の髪を顔が見えるようにその耳へかけて、軽く手のひらで頭を撫でる。
まだ成長途上とはいえ、小さい頃に比べればすくすく育ってシッカリ男の体形になってきているのに、それでもその体が小振りに感じるのは俺の体格がデカいせいからだろうけど。
「剥がしたら起きちゃうだろうから……仕方ないか」
ちゃんと布団に入れてあげたいけど、このままだと俺が動けない。
とりあえず、彼の背側に丸めておいた毛布を引き抜いて、ちゃんと彼が横になれるようにする。
俺ごと体を横たえて、その上から掛け布団を掛けると完全に添い寝の形で、意識のハッキリしたキヨくんが見たらギョッとするだろうなと思うと思わず笑えた。
でも俺にとっては思いがけない役得で、これもいい思い出だ。
ポンポンと背を撫でて、苦しくないくらいでゆるく抱き寄せる。
……少しすれば、キヨくんも暑くて腕が緩むだろうからその時までは。
「……おつかれさま。おやすみ、キヨくん」
小さい頃よくしていたみたいに、ポン、ポン、とゆっくりしたリズムで背を撫でる。
彼が起きるまで、意識がはっきり覚醒するまで、と自分に言い訳しながら俺も少しだけ目を瞑った。
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