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閑話 巣ごもりの虫 戸を開く
2 ※桃山視点
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ざっくりと詰め込んだだろう大きな荷物と、いつものガッコのカバンを持って、ハヤシくんが所在なさげに僕の後ろに立っている。
それを尻目にチャイムを鳴らすと、いつもみたいに母さんが家のドアを開けてくれた。
「……どうぞ、中入って」
「……あ、どうも、お邪魔します……」
脇でドアを押さえながらハヤシくんに中に入って貰って、母さんとぎこちない挨拶を交わす様子を見る。
ソノくん達と一緒に、だけど、僕んちに遊びに来たことは何回かあったはずなのに、相変わらずハヤシくんは遠慮がちだ。
まあ、ほとんど無理やり連れてきたせいもあるんだろうけど。
「そんな緊張しなくていいのよ、昴流が強引に引っ張ってきたのも分かってるから。 あとでちゃんと親御さんにも連絡しておくから大丈夫よ」
「いえ、うちのはほとんど家にいないんで……すみません、ご迷惑かけて」
「だから気にしなくていいって。呼んだの僕なんだし、自分ちだと思ってゆっくりしてよ。 ……母さん、用意できてる?」
「急だったから、キチッとはしてないけど、使えるわよ。 ハヤシくん、埃アレルギーとか大丈夫?」
「……あ、はい、特にアレルギーはたぶん……ないと思います」
「ん、じゃあ、こっち。着いてきて」
「ちょっと寒いけど、窓開けてあるから閉めといてね、昴流」
「はーい。今日って夕飯、何?」
「ハヤシくん好き嫌いないって聞いたからハンバーグ。……パインも大丈夫だったわよね、ハヤシくん?」
「ハイ、大丈夫です。……すみません、俺の分まで」
「だから大丈夫だって。……部屋、こっちだから、来て」
廊下で延々会話するのも寒いし、母さんまだ夕飯の支度途中だろうからハヤシくんを先に案内しちゃわなきゃ。
久しぶりに開けた客間はこもったにおいや埃っぽい感じはなかったけど、代わりに換気のせいで寒かった。
壁にくっつくようにして、大きいベッドが一つ、ベッドの反対側に書きもの机とクロゼットが一つ、窓際にゴロンとしやすい長めのソファを一つ置いてあるのは変わらない。
換気はもういいので、まっすぐにソファの傍まで歩いて窓を閉めた。
あわあわとした顔で、入口でぼうっと立ってるハヤシくんを手招きして、とりあえずソファに落ち着いてもらおう。
僕はその間に、一応部屋の隅に置いてある電気式のオイルストーブのスイッチを入れておく。
暖まるまでちょっと時間がかかるのが玉にキズだけど、一回暖まりさえすればエアコンより空気が乾燥しないし、ずっと暖かいから、うちはあちこちにコレが置いてある。
「……モモ、やっぱ俺……」
「もう、今から帰ろうってのはダメだよ。だって母さん、夕飯作っちゃってるもの。無理やり連れてきちゃったからまったりしろとは言わないけど、まず一晩、泊まってみてよ」
どうしても落ち着かなそうなハヤシくんに重ねて言うと、彼は申し訳なさそうに黙り込んだ。
俯くハヤシくんに僕も隣に座ったら、ビックリしたように目を向けられたけど、僕だってハヤシくんちから延々歩いたんだし、ちょっとは休みたい。
「そういえば、キャンプの時とかもご両親には連絡してたの?」
「……いや、してない。俺が居ようがいまいが気にしないのは分かってるんだ、ただ、モモの親御さんに申し訳なくて……」
「さっきも言ったでしょ、うちの母さんはヒトがいた方が嬉しいんだよ。……僕、小さい頃の話って、ハヤシくんにしたっけ?」
「……聞いてない、と思う」
「……じゃあ、せっかくだから聞いてくれる? 夕飯までもう少し時間かかると思うし」
そう続けて、僕が小さい頃は母さんの着せ替え人形状態だったことを説明した。
絵がきっかけで、ソレを脱出したことも、母さんとの関係が良くなったのがつい最近な事も。
改善したきっかけはハヤシくんだったことも。
話すうちに、いつもどちらかといえば表情のないハヤシくんの顔がコロコロ変わることに気づいて笑う。
キョトンとしていた彼が、途中で自分が笑われているのに気付いてちょっとムッとした顔をするのもなんだか可愛い。
「……ごめんごめん、怒らないでよ。ハヤシくん、普段はあんまり表情変わらないのに、今日は見たことない顔ばっかりするもんだからさ」
「…………別にいいけど。……でも、そうか、モモも色々あったんだな」
なんだかちょっと肩の力が抜けたような顔でしみじみ言うので、僕も軽くウンと頷いた。
「だからハヤシくんも、ちょっとだけでもウチにいて親御さんと距離置いてみるといいと思うよ。母さんには話してあるから、協力はしてくれる」
「…………、わかった。じゃあ、モモの言葉には甘えさせてもらうけど……さすがに申し訳ないから、食事代分くらいは払わせてくれ」
「だから、いいって。……母さんだって絶対受け取らないよ」
そうやって、押し問答をしているうちに母さんがひょこっと顔を出した。
さっきと同じ会話をして、やっぱり断られているのを見て、ほらねとばかりに頷く。
うちの母さんだって僕と同じで、そういうのでお金のやり取りするの嫌いなんだ。
そうして、手を引っ張るようにして連れてきたダイニングで、みんなでテーブルを囲んで夕飯にする。
ハヤシくんが人生で初めて食べたみたいな顔で、目を丸くして黙々とハンバーグを食べるのが面白くて、思わず母さんと顔を見合わせて笑った。
次の日は一緒に登校してから、足りない荷物を取りに家に戻るハヤシくんに僕の方の用事にも付き合って貰った。
近づく赤い屋根の平屋の家になんとなく僕の足取りも早くなる。
ハヤシくんも色々あって疲れてるだろうに、文句も言わずに僕の後についてきてくれた。
「……、うん、たぶんご在宅だと思う」
「……モモの先生なんだろ?俺まで一緒にお邪魔して、ホントに大丈夫か?」
「うん、元々絵画教室の主催されてた方だから。……ちょっと待っててね」
いつものように軽く身支度整えてからチャイムを押すと、しばらくしていつもの優しい声で奥さんの返事があって、少し間を置いてニッコリ優しい笑顔で戸を開けてくれた。
「こんにちは、桃山です。お邪魔しても大丈夫ですか?」
「あら、スバルくん。ちょうど今、スバルくんの話をしてたからおじいちゃんも喜ぶわ。……後ろの方はお友達?」
「はい、ハヤシと言います。……もしご迷惑なら……」
「いいえ、全然。お客様が増えるのはいいことだもの! さ、二人とも寒かったでしょう、中に入って。おじいちゃんはいつものアトリエの方にいるから」
はりきっておもてなしの準備しなきゃ!と奥さんが元気よく腕まくりしながらキッチンに向かう背を見送って、出して貰ったスリッパを履いていつものようにアトリエへ向かう。
遠慮がちについてくるハヤシくんに合わせて歩調を緩めながら、僕も彼と一緒に久しぶりに廊下のあちこちにはめてあるステンドグラス越しのの光を眺めた。
「……なんか、すごいな。絵をかく先生の家って」
「うん、キレイだよね。でも、ガラスは奥さんの方の趣味の一つなんだよ。廊下のデザイン的なのは先生がやったみたいだけど」
「……あの奥さん、凄いんだな……」
廊下に見惚れて遅れがちなハヤシくんの手を最終的に引っ張る形になりながら、アトリエまで案内する。
僕は見慣れているけど、暗い廊下から光あふれるガラスのアトリエに入る瞬間はすごくキレイで、初めて来る人はみんなぽかんと口を開けてため息をつくのを知っている。
だからハヤシくんがそうなって足を止めるのも分かってたけど、僕は早く先生に紹介したかったから、そのまま手を強く引いて、ラタンの椅子で寛いでいた先生の傍まで連れて行った。
「やあ、スバルくん。 お友達も連れてきたのかい?」
「はい。学校帰りにせっかくなので、先生の絵を見たくて」
僕と先生がやり取りするのに、ぼうっとアトリエを見まわしていたハヤシくんがハッとしたように名乗っている。
「……お邪魔してます、ハヤシと言います。先生のお話は桃山君からよく伺っていました」
「ハハ、そんな緊張しなくていいよ。ようこそ、ハヤシくん。良ければ、色々見ていってください。 スバルくん、何枚か出してあげて」
「はい。 あ、先生、僕のも見てもらっていいですか」
「うん。 じゃあ、ちょっと休憩して見せてもらおうかな」
今日の先生は、50号、大体1メートルくらいのサイズのキャンバスに深い澄んだ湖と晴れ渡る高くて青い空をかいていた。
特に紅葉なんかが描いてあるわけじゃないのに、空気の色合いで冷たさと秋を感じるのが先生の技術であり凄さだ。
ハヤシくんはいつものように近くでまじまじと見て、少し離れて見て、とても嬉しそうにしている。
先生が絵筆を片付ける横で、イーゼルをいくつも出して、テーブルを丸く囲むように立てる。
途中で気づいたハヤシくんにも手伝って貰って、先生の作品をいくつかと僕の絵も並べて出した。
「先生、さっき描いてらした絵は僕たちがキャンプで行った所と同じ場所ですか」
「うん、ありがとう、スバルくん。すみれさんが素晴らしく喜んでくれて、また行きたいって言っていたよ。僕からしても画題の多い、いい所だった」
「あそこ、素敵ですよね」
僕たちが会話をする横で、ハヤシくんは並べた絵の方を夢中で見ている。
彼は描く人じゃないけれど、すごく絵の見方が熱心なので、描いた方としては何時も嬉しくなる。
先生も、彼の絵の見方を見ていて、ちょっと気分が上がっているのが僕にもわかった。
「美術部の子なのかい?」
「いえ、仲のいいクラスメイトです。……ハヤシくん、こっちおいでよ」
一番遠いところで、たぶん春の絵だろう桜がモチーフのキャンバスを眺めるのに夢中な彼を呼ぶ。
夢見心地な足取りで戻ってくるハヤシくんが素の笑顔で笑っている。
「すごいですね。モモが通いたくなる気持ちも分かります」
「ありがとう。 君はこういう系統に進む気はあるのかい?」
「いえ、俺は……絵をかいたり、芸術的な事は出来ませんから。ただ、こういうふうに絵を見るのはすごく好きなので、今日は嬉しいです」
「そうか、うん。 スバルくん、いいお友達だね」
「はい」
間髪入れずに僕が答えるのに、ハヤシくんがビックリしているけど、本当にそうだから。
出来たら、大学も一緒に行けたら良かったけど、それは僕のワガママが過ぎる。
だけど、僕がそうなように、ハヤシくんにも彼が望んだ方向に進学してほしかった。
だから、今日は先生の所に連れて来たっていうのもある。
僕らがまだ見えない、はるか先の事も先生と話すと少し解決したりすることがあったから。
僕のそういう目論見はどうあれ、先生とハヤシくんの話も弾んで、そのうちはりきった奥さんの美味しいお菓子のアフタヌーンティが始まって、その日の午後は本当に楽しく過ぎて行った。
それを尻目にチャイムを鳴らすと、いつもみたいに母さんが家のドアを開けてくれた。
「……どうぞ、中入って」
「……あ、どうも、お邪魔します……」
脇でドアを押さえながらハヤシくんに中に入って貰って、母さんとぎこちない挨拶を交わす様子を見る。
ソノくん達と一緒に、だけど、僕んちに遊びに来たことは何回かあったはずなのに、相変わらずハヤシくんは遠慮がちだ。
まあ、ほとんど無理やり連れてきたせいもあるんだろうけど。
「そんな緊張しなくていいのよ、昴流が強引に引っ張ってきたのも分かってるから。 あとでちゃんと親御さんにも連絡しておくから大丈夫よ」
「いえ、うちのはほとんど家にいないんで……すみません、ご迷惑かけて」
「だから気にしなくていいって。呼んだの僕なんだし、自分ちだと思ってゆっくりしてよ。 ……母さん、用意できてる?」
「急だったから、キチッとはしてないけど、使えるわよ。 ハヤシくん、埃アレルギーとか大丈夫?」
「……あ、はい、特にアレルギーはたぶん……ないと思います」
「ん、じゃあ、こっち。着いてきて」
「ちょっと寒いけど、窓開けてあるから閉めといてね、昴流」
「はーい。今日って夕飯、何?」
「ハヤシくん好き嫌いないって聞いたからハンバーグ。……パインも大丈夫だったわよね、ハヤシくん?」
「ハイ、大丈夫です。……すみません、俺の分まで」
「だから大丈夫だって。……部屋、こっちだから、来て」
廊下で延々会話するのも寒いし、母さんまだ夕飯の支度途中だろうからハヤシくんを先に案内しちゃわなきゃ。
久しぶりに開けた客間はこもったにおいや埃っぽい感じはなかったけど、代わりに換気のせいで寒かった。
壁にくっつくようにして、大きいベッドが一つ、ベッドの反対側に書きもの机とクロゼットが一つ、窓際にゴロンとしやすい長めのソファを一つ置いてあるのは変わらない。
換気はもういいので、まっすぐにソファの傍まで歩いて窓を閉めた。
あわあわとした顔で、入口でぼうっと立ってるハヤシくんを手招きして、とりあえずソファに落ち着いてもらおう。
僕はその間に、一応部屋の隅に置いてある電気式のオイルストーブのスイッチを入れておく。
暖まるまでちょっと時間がかかるのが玉にキズだけど、一回暖まりさえすればエアコンより空気が乾燥しないし、ずっと暖かいから、うちはあちこちにコレが置いてある。
「……モモ、やっぱ俺……」
「もう、今から帰ろうってのはダメだよ。だって母さん、夕飯作っちゃってるもの。無理やり連れてきちゃったからまったりしろとは言わないけど、まず一晩、泊まってみてよ」
どうしても落ち着かなそうなハヤシくんに重ねて言うと、彼は申し訳なさそうに黙り込んだ。
俯くハヤシくんに僕も隣に座ったら、ビックリしたように目を向けられたけど、僕だってハヤシくんちから延々歩いたんだし、ちょっとは休みたい。
「そういえば、キャンプの時とかもご両親には連絡してたの?」
「……いや、してない。俺が居ようがいまいが気にしないのは分かってるんだ、ただ、モモの親御さんに申し訳なくて……」
「さっきも言ったでしょ、うちの母さんはヒトがいた方が嬉しいんだよ。……僕、小さい頃の話って、ハヤシくんにしたっけ?」
「……聞いてない、と思う」
「……じゃあ、せっかくだから聞いてくれる? 夕飯までもう少し時間かかると思うし」
そう続けて、僕が小さい頃は母さんの着せ替え人形状態だったことを説明した。
絵がきっかけで、ソレを脱出したことも、母さんとの関係が良くなったのがつい最近な事も。
改善したきっかけはハヤシくんだったことも。
話すうちに、いつもどちらかといえば表情のないハヤシくんの顔がコロコロ変わることに気づいて笑う。
キョトンとしていた彼が、途中で自分が笑われているのに気付いてちょっとムッとした顔をするのもなんだか可愛い。
「……ごめんごめん、怒らないでよ。ハヤシくん、普段はあんまり表情変わらないのに、今日は見たことない顔ばっかりするもんだからさ」
「…………別にいいけど。……でも、そうか、モモも色々あったんだな」
なんだかちょっと肩の力が抜けたような顔でしみじみ言うので、僕も軽くウンと頷いた。
「だからハヤシくんも、ちょっとだけでもウチにいて親御さんと距離置いてみるといいと思うよ。母さんには話してあるから、協力はしてくれる」
「…………、わかった。じゃあ、モモの言葉には甘えさせてもらうけど……さすがに申し訳ないから、食事代分くらいは払わせてくれ」
「だから、いいって。……母さんだって絶対受け取らないよ」
そうやって、押し問答をしているうちに母さんがひょこっと顔を出した。
さっきと同じ会話をして、やっぱり断られているのを見て、ほらねとばかりに頷く。
うちの母さんだって僕と同じで、そういうのでお金のやり取りするの嫌いなんだ。
そうして、手を引っ張るようにして連れてきたダイニングで、みんなでテーブルを囲んで夕飯にする。
ハヤシくんが人生で初めて食べたみたいな顔で、目を丸くして黙々とハンバーグを食べるのが面白くて、思わず母さんと顔を見合わせて笑った。
次の日は一緒に登校してから、足りない荷物を取りに家に戻るハヤシくんに僕の方の用事にも付き合って貰った。
近づく赤い屋根の平屋の家になんとなく僕の足取りも早くなる。
ハヤシくんも色々あって疲れてるだろうに、文句も言わずに僕の後についてきてくれた。
「……、うん、たぶんご在宅だと思う」
「……モモの先生なんだろ?俺まで一緒にお邪魔して、ホントに大丈夫か?」
「うん、元々絵画教室の主催されてた方だから。……ちょっと待っててね」
いつものように軽く身支度整えてからチャイムを押すと、しばらくしていつもの優しい声で奥さんの返事があって、少し間を置いてニッコリ優しい笑顔で戸を開けてくれた。
「こんにちは、桃山です。お邪魔しても大丈夫ですか?」
「あら、スバルくん。ちょうど今、スバルくんの話をしてたからおじいちゃんも喜ぶわ。……後ろの方はお友達?」
「はい、ハヤシと言います。……もしご迷惑なら……」
「いいえ、全然。お客様が増えるのはいいことだもの! さ、二人とも寒かったでしょう、中に入って。おじいちゃんはいつものアトリエの方にいるから」
はりきっておもてなしの準備しなきゃ!と奥さんが元気よく腕まくりしながらキッチンに向かう背を見送って、出して貰ったスリッパを履いていつものようにアトリエへ向かう。
遠慮がちについてくるハヤシくんに合わせて歩調を緩めながら、僕も彼と一緒に久しぶりに廊下のあちこちにはめてあるステンドグラス越しのの光を眺めた。
「……なんか、すごいな。絵をかく先生の家って」
「うん、キレイだよね。でも、ガラスは奥さんの方の趣味の一つなんだよ。廊下のデザイン的なのは先生がやったみたいだけど」
「……あの奥さん、凄いんだな……」
廊下に見惚れて遅れがちなハヤシくんの手を最終的に引っ張る形になりながら、アトリエまで案内する。
僕は見慣れているけど、暗い廊下から光あふれるガラスのアトリエに入る瞬間はすごくキレイで、初めて来る人はみんなぽかんと口を開けてため息をつくのを知っている。
だからハヤシくんがそうなって足を止めるのも分かってたけど、僕は早く先生に紹介したかったから、そのまま手を強く引いて、ラタンの椅子で寛いでいた先生の傍まで連れて行った。
「やあ、スバルくん。 お友達も連れてきたのかい?」
「はい。学校帰りにせっかくなので、先生の絵を見たくて」
僕と先生がやり取りするのに、ぼうっとアトリエを見まわしていたハヤシくんがハッとしたように名乗っている。
「……お邪魔してます、ハヤシと言います。先生のお話は桃山君からよく伺っていました」
「ハハ、そんな緊張しなくていいよ。ようこそ、ハヤシくん。良ければ、色々見ていってください。 スバルくん、何枚か出してあげて」
「はい。 あ、先生、僕のも見てもらっていいですか」
「うん。 じゃあ、ちょっと休憩して見せてもらおうかな」
今日の先生は、50号、大体1メートルくらいのサイズのキャンバスに深い澄んだ湖と晴れ渡る高くて青い空をかいていた。
特に紅葉なんかが描いてあるわけじゃないのに、空気の色合いで冷たさと秋を感じるのが先生の技術であり凄さだ。
ハヤシくんはいつものように近くでまじまじと見て、少し離れて見て、とても嬉しそうにしている。
先生が絵筆を片付ける横で、イーゼルをいくつも出して、テーブルを丸く囲むように立てる。
途中で気づいたハヤシくんにも手伝って貰って、先生の作品をいくつかと僕の絵も並べて出した。
「先生、さっき描いてらした絵は僕たちがキャンプで行った所と同じ場所ですか」
「うん、ありがとう、スバルくん。すみれさんが素晴らしく喜んでくれて、また行きたいって言っていたよ。僕からしても画題の多い、いい所だった」
「あそこ、素敵ですよね」
僕たちが会話をする横で、ハヤシくんは並べた絵の方を夢中で見ている。
彼は描く人じゃないけれど、すごく絵の見方が熱心なので、描いた方としては何時も嬉しくなる。
先生も、彼の絵の見方を見ていて、ちょっと気分が上がっているのが僕にもわかった。
「美術部の子なのかい?」
「いえ、仲のいいクラスメイトです。……ハヤシくん、こっちおいでよ」
一番遠いところで、たぶん春の絵だろう桜がモチーフのキャンバスを眺めるのに夢中な彼を呼ぶ。
夢見心地な足取りで戻ってくるハヤシくんが素の笑顔で笑っている。
「すごいですね。モモが通いたくなる気持ちも分かります」
「ありがとう。 君はこういう系統に進む気はあるのかい?」
「いえ、俺は……絵をかいたり、芸術的な事は出来ませんから。ただ、こういうふうに絵を見るのはすごく好きなので、今日は嬉しいです」
「そうか、うん。 スバルくん、いいお友達だね」
「はい」
間髪入れずに僕が答えるのに、ハヤシくんがビックリしているけど、本当にそうだから。
出来たら、大学も一緒に行けたら良かったけど、それは僕のワガママが過ぎる。
だけど、僕がそうなように、ハヤシくんにも彼が望んだ方向に進学してほしかった。
だから、今日は先生の所に連れて来たっていうのもある。
僕らがまだ見えない、はるか先の事も先生と話すと少し解決したりすることがあったから。
僕のそういう目論見はどうあれ、先生とハヤシくんの話も弾んで、そのうちはりきった奥さんの美味しいお菓子のアフタヌーンティが始まって、その日の午後は本当に楽しく過ぎて行った。
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