漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋

文字の大きさ
上 下
38 / 111
朔風 木の葉を払う

30 ※先生視点

しおりを挟む
「……リンちゃん、もっと右」

脚立に乗って紙を押さえるリンちゃんに、少し離れてバランスを見ていた俺が言う。
今日は薬局も早じまいしたから、俺たち以外にヒトの姿はない。
……まあ、普段から閑古鳥が鳴いてるといえば、そうなんだけど。

「もう高校生だし、飾りつけはさすがに必要ないんじゃない? 一応、やっとくけど……」

「だって、久しぶりにお祝いするもの。キヨくんが中学くらいまではこうやってよくやってたし」

「……思春期真っ盛りに、これにずっと耐えてたのはすごいわ」

ため息つきながらも、長い巻紙に俺が筆で描いたハッピーバースディの垂れ幕をリンちゃんが鴨居にピンで留めてくれた。


キヨくんのホントの誕生日はもう少し後だけど、俺たちは今日キヨくんの誕生会をする予定だ。
もうプレゼントは買っておいたし、ご馳走の手配もしておいた。
リンちゃんに手伝って貰って、キヨくんほどじゃないけど薬局内も出来るだけキレイにしてある。
キヨくんに咲子ちゃんと一緒に来てもらえるようにお願いしたから、約束の時間通りなら、あと少しでここに来るはずだ。

あとは真ん中にくっつけて寄せたテーブルに真っ白いクロスを敷いて、ご馳走運んでくるだけだ。
クロス敷きはリンちゃんがやってくれるから、俺は家からケーキやなんかを運んでこないと。

「……あ、キャンドルあったっけ」

「なければ、非常用のロウソクならあったわよ。倉庫に」

「分かった、後で……まずい時間ない、ちょっと取ってくるね」

「急いで転ばないようにしてよ!」

わかってるってば、リンちゃんは心配性なんだから。







「お邪魔しまーす、咲子も連れてきましたよ、…………っ」

入口入ったところで、パーンと鳴らしたクラッカーにビックリしたらしいキヨくんの眼が真ん丸になる。
立ち尽くしかけるキヨくんの背をぐいぐい押して、久しぶりな咲子ちゃんがひょこっと笑顔で姿を見せた。
今日は今通ってる中学校のセーラー服じゃなくて、白いコートと深い緑色のちょっと大人びたワンピースっぽいのを着ている。

「わー、すっごい誕生日って感じになってる!センセ、リンちゃん、久しぶりー」

「咲子ちゃん、久しぶり、元気そうでよかった! こっちおいで、何か食べる?」

ニコニコ笑ってリンちゃんにギュッと抱き着きに行く咲子ちゃんは、もうすっかり女の子って感じだ。
リンちゃんも昔みたいに笑顔でハグし返している。
俺が同じことをリンちゃんにやったらすごい顔されそうだなあ、と思って見ていると、クラッカーの衝撃から復活したキヨくんが隣にやってきた。

「お疲れ様、キヨくん。こっち座って。 しかし、咲子ちゃんおっきくなったねえ……なんかエミさんに似てきた?」

「似てきましたね。まあ、俺は親父の顔よく思い出せないんで、アレですけど」

「……」

サラリと気にしていないふうに言うキヨくんにギュッと胸が詰まるも、あれだけハッキリ嫌だと言われた後だったから、軽くポンポンと背を撫でるだけで我慢した。

一瞬身構えたふうに体が固くなったキヨくんが、ちょっと不思議そうに俺を見る。

「……大丈夫だよ、キヨくん。しないから」

「……なんか俺、ちょっと言い過ぎました?」

「ううん、キヨくんが本気で嫌がってるの、気づけなかった俺が悪かったしさ。ごめんね、今まで」

「ハジメさん、……」

軽く笑って言えたつもりだった俺の左腕を、キヨくんの手がギュッと掴む。

「……嫌だって訳じゃないんです、ホントに。ただ、センセの場合、急に抱きしめてくるから驚いちゃって……嫌じゃないです、ホントに」

すごく真剣な顔で、俺の眼をのぞき込むようにまっすぐ言うキヨくんの手の力強さは痛いほどで、必死さが伝わってくる。
安心させるようにもう一度背を撫でて、やんわりとキヨくんの掴む手の上から触れると、ゆっくりその強い指から力が抜けていく。

「うん、大丈夫。俺はそれでキヨくん嫌いになったりしないから安心して。 ……ほら、今日の主役、キヨくんなんだから笑って笑って。 ごはん食べよ?」

優しい子だから、俺の言い方で不安にさせてしまったのかもしれないな。
むしろ、俺の場合はキヨくんに対する好意が過ぎる事の方が問題ありそうな気がするけど。

笑ってゆっくり促すと、思いつめたような表情だったキヨくんの肩の力がゆっくり抜けて、俺もホッと息をつく。

「……確かに、これはご馳走ですね。ローストビーフとかどっから取ったんです?」

「ソレは洋食屋さんにお願いした。オードブルも美味しいと思うよ。 咲子ちゃんもリンちゃんも、遠慮せずに食べてね。リンちゃんはちょっと遠慮した方がいいかもだけど。 あ、そだ、キヨくん17歳の誕生日おめでとう!!」

たいへんだ、お祝いするのが先だった。
ニコニコで俺達の様子が落ち着くまで待っていてくれたらしい咲子ちゃんも、俺の声に一瞬ピクついたリンちゃんも、掛け声に合わせてキヨくんにおめでとう、と声をかけている。

ありがとう、とちょっと照れたふうに笑うキヨくんがすごく可愛い。
ニコニコで見守ってから、あ、と思い出した。

「俺、ちょっと忘れ物思い出したから、取ってくるね。……一応、お皿にご馳走だけとってからにするけど」

さすがのリンちゃんも持って帰ろうとはしないだろうけど、俺の分も余計に食べちゃうのはあるかもしれない。
真剣な顔でせっせと料理を自分の皿に移しておく俺の姿に、ようやくキヨくんが影なく笑ってくれた。
うん、キヨくんはその顔がいい。
憂いなく、屈託なく笑っていてほしい。

「誕生会、気恥ずかしいんで別にしてくれなくていいとも思ってたんですが。 ……実際に祝われると結構嬉しいもんですね」

「良かった、喜んでもらえて。 普段、キヨくん譲ったり我慢してばっかりだからさ。 正々堂々祝われて欲しかったんだ」

「うん、おにいは我慢しすぎ! もっとワガママもたくさん言っていかないと」

咲子ちゃんの加勢に笑って頷いて、もう一度キヨくんの背を撫でると、その場はリンちゃんと咲子ちゃんに任せて家の方へ抜け出す。

寝室からデジカメと用意しておいたプレゼントの入った紙袋を持って戻ると、ちょうど今年の2月くらいに咲子ちゃんがいった修学旅行の話で盛り上がっているところだった。

「……修学旅行といえば、キヨくんの学校ってどっか行くんだっけ?」

持ってきたものを手近な椅子に乗せて、キヨくんの隣の椅子に座り直しながら言うと、ふわふわのエビとホタテのムースを食べていたキヨくんが、首を傾ぐ。

「俺のトコ、修学旅行ないんですよね。代わりに来年、遠足っていう名目でクラスごとに好きな地域に旅行いけますけど」

まだうちのクラス行先決まってないんですよね、と呟くキヨくんに旅行かーとリンちゃんがローストビーフを食べながら呟いている。
……残ったらお土産に出来るように多めに注文してあるのに、もうけっこう量減ってる……。
慌てて俺も食べ始めると、隣からキヨくんの笑いを含んだ声がした。

「慌てなくても、大丈夫ですよセンセ。まだありますから。 ……旅行といえば、次の仕入れまた出かけるって聞きましたけど」

「ああ、うん、お正月明けた位かなあ。春節被らないくらいで中国に行ってきたいんだよね。 多分、あっち行く時はこの前より書類きちんとしないとダメだけど。 ……あ、このムース美味しい」

「年明け……そうですか。 あ、俺もそれ好きでした。あっちのゼリー寄せみたいなやつも、野菜入ってますけどセンセも食べられると思いますよ」

「……え、うーん……。先にお肉食べとく」

出来るだけ野菜を避けようとする俺に、鴨の燻製を食べてた咲子ちゃんが、センセ全然変わってないねーと笑う。
そう言えば、昔は俺がこうやって野菜避けると、咲子ちゃんもマネして、余計にキヨくんに怒られたりしてたなあ。
すっかり大きくなった咲子ちゃんは、今は野菜も美味しそうに食べている。
大きくなったなあ、二人とも。
こうして同じテーブルでご飯食べてると、ちょっと昔に戻ったみたいで嬉しかった。

いつまでも、こうやってみんな一緒にいられるみたいな気がして。






食事が終わったらプレゼントだ。
改めてテーブルの上を軽く片付けて、小さく咳払いするとリンちゃんにも頷いてからキヨくんに向き直る。
「一応、これはリンちゃんと俺から。サイズは俺が確認したけど、物自体はリンちゃんが選んだから間違いないと思うよ。開けてみて」

結構大きい包みになってしまった物を紙袋ごと渡して、開けてくれるように促す。
黙ったまま、言われるままに包装を開くキヨくんの姿に、少しだけドキドキとする。
気に入って貰えるといいんだけど。

「……、あ、コート……ですか。なんか思ったより柔らかくて軽いですね」

「うん、奮発していいのにしたから。 ……キヨくん、大事に着てるけど、そろそろキツそうだし、コートがいいんじゃないかと思って。ちょっとだけ大きめだけど……羽織ってみて」

「……あ、はい」

学ランの上から羽織って貰ったコートは今のキヨくんには少し大きいけど。
その長めの袖を折り返してボタンで留めると、ちょっと洒落た雰囲気でちょうどいい丈になった。

「こうすると調整できるから。大人になっても使えるのにしたからね」

キヨくん、大きい買い物あんまりしないし、俺達もお世話になってるから感謝を込めて。
続いて俺たち個人として渡したのは、俺からは図書カード、リンちゃんからはデパートの商品券だった。

「金券になっちゃうけど、本人が選べるからいいと思って。図書カードは参考書とかに使って。商品券は就職した後のスーツ代に、だって」

「キヨくん、遠慮しがちだから商品券にしちゃえば使わざる得ないでしょ」

わかってるんだからね、とリンちゃんがニヤリと笑って言い切る。
咲子ちゃんが私からのは、ホントの誕生日の日にね、と俯くキヨくんの背をつついている。

「……はい。色々、考えてもらって有難うございます……」

ちょっと泣きそうな顔で笑うキヨくんを真ん中に、いそいそとイスを並べ直して写真を撮る。
リンちゃんと咲子ちゃんは両隣で、俺はキヨくんの後ろで少し屈んで。





誕生会のあとで現像して貰った写真は、みんなすごくあったかい良い笑顔で写っていた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

[BL]デキソコナイ

明日葉 ゆゐ
BL
特別進学クラスの優等生の喫煙現場に遭遇してしまった校内一の問題児。見ていない振りをして立ち去ろうとするが、なぜか優等生に怪我を負わされ、手当てのために家に連れて行かれることに。決して交わることのなかった2人の不思議な関係が始まる。(別サイトに投稿していた作品になります)

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

【BL】はるおみ先輩はトコトン押しに弱い!

三崎こはく
BL
 サラリーマンの赤根春臣(あかね はるおみ)は、決断力がなく人生流されがち。仕事はへっぽこ、飲み会では酔い潰れてばかり、 果ては29歳の誕生日に彼女にフラれてしまうというダメっぷり。  ある飲み会の夜。酔っ払った春臣はイケメンの後輩・白浜律希(しらはま りつき)と身体の関係を持ってしまう。  大変なことをしてしまったと焦る春臣。  しかしその夜以降、律希はやたらグイグイ来るように――?  イケメンワンコ後輩×押しに弱いダメリーマン★☆軽快オフィスラブ♪ ※別サイトにも投稿しています

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

処理中です...