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穀物 すなわち実る ②
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プラネタリウムの上映は俺が思ってたより凄かった。
ソノに聞いたら、毎年のキャンプ先は空気のキレイな高い山で、そこで撮った星空を再現しているらしい。
研究室の外に展示された美しい星空の写真は、航太作だと聞いて思わず本人を二度見する。
「…………冗談だろ、どう見てもお前、途中でカメラ落っことして壊すタイプじゃん」
「おっまえ、表出ろ、俺の写真の腕見せつけてやるわ!」
ムキーと怒る航太の腕を掴み止めて、ソノが笑う。
「みんなキャンプ連れてくまではそういうんだよな。……今年も有難うな、航太。おかげでちゃんとプラネタリウム開催出来た。お前のおかげだ」
「……うん、……」
珍しく、航太が照れたように笑って、はにかんでいるうちにそろそろと二人から距離を取る。
いい雰囲気だし、あとは若いお二人でどうぞ、だ。
ソノに軽く、帰るわ、と目で合図して地学の教室から出た。
「終わった? ……すごかったねえ、プラネタリウム! 待ってる間に外の写真も見てたけど、プロが撮ったみたいだったよ」
外で待っててくれたセンセの横に並んで昇降口に向かって歩き出しながら、そう言うセンセにつられて、通りすがりにまともに写真を見た。
得もいわれない美しい色合いの夜空と、線を引くように光る星の光跡。
朝焼けの近い山が薄らと見えて、確かにその写真はキレイだった。
「……はい。ヒトの才能ってわかんないもんっすね……」
よく考えれば、みな俺以外は一芸があるんだな。
モモは絵が得意らしいし、ソノは天文学に夢中だし、航太は写真が上手いし、ハヤシは暇さえあれば将棋をやっている。
振り返れば、そういう趣味みたいなものは俺には一つもなくて、少し前に、妹に言われたことを思い出した。
おにいも自分の人生を生きていいんだよ、ってやつを。
「……俺も、趣味みたいの作った方がいいんですかね。 センセはあります? 趣味とか一芸とか……ああ、旅行か」
「……うん? うん、確かに旅するのは好きだけど……別に無理に作るものでもないと思うよ。やってみたい、と思えた時に手を出してみればいいんじゃないかな。逆にやってみたい、と思ったならすぐ手を出すべきだと思うし。 ……キヨくん、今もだけど、前までがすごく忙しかったから、そんなこと考える余裕なかったんだよね」
「……はい」
そういって、ふんわり笑って髪を撫でてくれるセンセの手の重みを受けて、俺は俺のペースで生きていいんだよって言って貰えたみたいで、何かがストンと胸のうちに落ちた気がした。
……うん、やっぱり俺はこのヒトが好きだ。
恋という意味じゃなく、人として。センセが好きだ。
「……キヨくん、それほんとに買うの?」
「買います」
ガッツリと大量につかんだ食材を、センセが押してるカートにしっかり押し込みながら言う。
文化祭の帰り道、辿り着いたスーパーは夕方だけあって混んでいた。
夏祭りの時と同じく、センセを肉盾として使いながら、人の流れに沿って進んでいく。
こういう時は買い逃しがあっても戻れないから、その場で即断即決しなければならない。
既にこの場は戦場なのだ。
「俺そんなにキノコ好きじゃない……」
「それは食ってから言ってくださいね、ハイ、進みますよー」
「……あ、あ、その青い野菜もあんまり好きじゃない……」
センセの泣き言を聞き流しながら、脳内の3日分2家庭用メニューに従って、食材を買っていく。
俺が先に宣言したとおり、すでにカゴの一つは山盛りで、予備カゴとして一つセンセが腕に抱えているくらいだ。
野菜と海鮮は十分に買ったし、不足している調味料も入れたし、後は肉類と豆腐をガッツリ買いたい。
「……さて、センセの言う通り、今日は奮発して貰っていい肉買いますかね」
「……うん、……」
センセはさっきの野菜コーナーのダメージが効いてるみたいで、ちょっとしょんぼりしている。
何か声を掛けようとして口を開きかけた途端、カランカランと高く澄んだ音で鐘が鳴った。
「……あ、値引きの鐘!……急ぎますよ、センセ、肉!」
「……え、え、待って、キヨくん!」
センセを待っていたら、値引きに敏感なおばちゃんたちに勝てないので、パッと捨てて俺は一人で人混みをすり抜けた。
案の定、目的の肉コーナーはおばちゃんたちでごった返している。
こういう時、まだ値引き札の張っていない肉は、おばちゃんの魔の手を逃れるので選びやすい。
すき焼き用国産牛肉大パック2つをとりあえず抑えつつ、値引き札付きの安い豚肉鶏肉も隙を見てデカいパックを狙う。
とりあえず、センセが好きな三枚肉と豚ロース、鶏ももは必須だ。あと咲子用に手羽元も。
それとひき肉類のでかいパックは何作るにも便利だから、出来れば。
押し合いへし合いするおばちゃんの群れから肉を守りつつ抜け出す頃には、結構俺もボロボロだった。
ゼイゼイしながら、どさっとセンセの手持ちのカゴに放り込む。
「……大丈夫? キヨくん、今日はそんな無理しなくても、あっちのお肉屋さんの方に行けばよかったのに……」
おろおろと戦場の外で見守っていたらしきセンセが言うのに、その腕をがっしり掴んで厳かに告げた。
「……いいですか、センセ。たとえガッツリした財布がついてても、特売品は絶対にゲットすべきなんです。ウチには32歳を筆頭に食べ盛りが4人います」
「……あ、はい」
「こんだけ買っても3日で食いきる量です。節約できるとこは節約しないと家計ぶっ壊れになりますよ。 ……はい、じゃあ買いに行きますか、高級肉」
「……はい、ごめんなさい」
もう完全にお手伝いと化したセンセを後ろに従えて、俺はgいくらの一枚ずつビニールに包まれているお高い肉も買った。牛脂もしっかり貰った。
センセは金額は諦めて、俺がカゴに入れていくのを無抵抗で眺めている。
「今日の夕飯はご馳走なんで、期待しててくれていいですよ、センセ」
「ごちそう!」
「多分、センセも好きです。咲子にも持って帰るんで、量は減りますけど」
「うん……。リンちゃんも持って帰るよね……」
パッと輝いた顔があっという間に曇った。
ああ、そっちを警戒してるんだな……こないだの角煮の恨みがまだ残ってるらしい。
それなら、しょんぼりする32歳児のために好みのアイスも買って帰ろう。
「……もたせるとは言いましたけど、少しはこっち乗せても大丈夫ですからね?」
「大丈夫だよ、台湾帰りの時の荷物より全然軽いもん」
センセが大量の荷物をホントに軽々持って笑うので、持つ気満々だった俺の自転車のカゴは空いたままだ。
それでも、買い物帰りにセンセと一緒に帰れるなんて、本当に咲子と預けられていたころ以来で、通い慣れた通学路を同い年みたいに隣に並んで歩けるのが嬉しい。
手を繋いだりは出来ないけれど、自転車を押して少しでもゆっくり歩く。
夜になりかけの残照を浴びて微笑むセンセの顔とか、ふわふわと風に揺れる後れ毛とか、逆光になる肩の線とか。
少しでも記憶に焼き付けるように。
いつか離れた日の後も、さっき見た星の写真みたいに、今日の鮮やかな記憶を思い出せるように。
ソノに聞いたら、毎年のキャンプ先は空気のキレイな高い山で、そこで撮った星空を再現しているらしい。
研究室の外に展示された美しい星空の写真は、航太作だと聞いて思わず本人を二度見する。
「…………冗談だろ、どう見てもお前、途中でカメラ落っことして壊すタイプじゃん」
「おっまえ、表出ろ、俺の写真の腕見せつけてやるわ!」
ムキーと怒る航太の腕を掴み止めて、ソノが笑う。
「みんなキャンプ連れてくまではそういうんだよな。……今年も有難うな、航太。おかげでちゃんとプラネタリウム開催出来た。お前のおかげだ」
「……うん、……」
珍しく、航太が照れたように笑って、はにかんでいるうちにそろそろと二人から距離を取る。
いい雰囲気だし、あとは若いお二人でどうぞ、だ。
ソノに軽く、帰るわ、と目で合図して地学の教室から出た。
「終わった? ……すごかったねえ、プラネタリウム! 待ってる間に外の写真も見てたけど、プロが撮ったみたいだったよ」
外で待っててくれたセンセの横に並んで昇降口に向かって歩き出しながら、そう言うセンセにつられて、通りすがりにまともに写真を見た。
得もいわれない美しい色合いの夜空と、線を引くように光る星の光跡。
朝焼けの近い山が薄らと見えて、確かにその写真はキレイだった。
「……はい。ヒトの才能ってわかんないもんっすね……」
よく考えれば、みな俺以外は一芸があるんだな。
モモは絵が得意らしいし、ソノは天文学に夢中だし、航太は写真が上手いし、ハヤシは暇さえあれば将棋をやっている。
振り返れば、そういう趣味みたいなものは俺には一つもなくて、少し前に、妹に言われたことを思い出した。
おにいも自分の人生を生きていいんだよ、ってやつを。
「……俺も、趣味みたいの作った方がいいんですかね。 センセはあります? 趣味とか一芸とか……ああ、旅行か」
「……うん? うん、確かに旅するのは好きだけど……別に無理に作るものでもないと思うよ。やってみたい、と思えた時に手を出してみればいいんじゃないかな。逆にやってみたい、と思ったならすぐ手を出すべきだと思うし。 ……キヨくん、今もだけど、前までがすごく忙しかったから、そんなこと考える余裕なかったんだよね」
「……はい」
そういって、ふんわり笑って髪を撫でてくれるセンセの手の重みを受けて、俺は俺のペースで生きていいんだよって言って貰えたみたいで、何かがストンと胸のうちに落ちた気がした。
……うん、やっぱり俺はこのヒトが好きだ。
恋という意味じゃなく、人として。センセが好きだ。
「……キヨくん、それほんとに買うの?」
「買います」
ガッツリと大量につかんだ食材を、センセが押してるカートにしっかり押し込みながら言う。
文化祭の帰り道、辿り着いたスーパーは夕方だけあって混んでいた。
夏祭りの時と同じく、センセを肉盾として使いながら、人の流れに沿って進んでいく。
こういう時は買い逃しがあっても戻れないから、その場で即断即決しなければならない。
既にこの場は戦場なのだ。
「俺そんなにキノコ好きじゃない……」
「それは食ってから言ってくださいね、ハイ、進みますよー」
「……あ、あ、その青い野菜もあんまり好きじゃない……」
センセの泣き言を聞き流しながら、脳内の3日分2家庭用メニューに従って、食材を買っていく。
俺が先に宣言したとおり、すでにカゴの一つは山盛りで、予備カゴとして一つセンセが腕に抱えているくらいだ。
野菜と海鮮は十分に買ったし、不足している調味料も入れたし、後は肉類と豆腐をガッツリ買いたい。
「……さて、センセの言う通り、今日は奮発して貰っていい肉買いますかね」
「……うん、……」
センセはさっきの野菜コーナーのダメージが効いてるみたいで、ちょっとしょんぼりしている。
何か声を掛けようとして口を開きかけた途端、カランカランと高く澄んだ音で鐘が鳴った。
「……あ、値引きの鐘!……急ぎますよ、センセ、肉!」
「……え、え、待って、キヨくん!」
センセを待っていたら、値引きに敏感なおばちゃんたちに勝てないので、パッと捨てて俺は一人で人混みをすり抜けた。
案の定、目的の肉コーナーはおばちゃんたちでごった返している。
こういう時、まだ値引き札の張っていない肉は、おばちゃんの魔の手を逃れるので選びやすい。
すき焼き用国産牛肉大パック2つをとりあえず抑えつつ、値引き札付きの安い豚肉鶏肉も隙を見てデカいパックを狙う。
とりあえず、センセが好きな三枚肉と豚ロース、鶏ももは必須だ。あと咲子用に手羽元も。
それとひき肉類のでかいパックは何作るにも便利だから、出来れば。
押し合いへし合いするおばちゃんの群れから肉を守りつつ抜け出す頃には、結構俺もボロボロだった。
ゼイゼイしながら、どさっとセンセの手持ちのカゴに放り込む。
「……大丈夫? キヨくん、今日はそんな無理しなくても、あっちのお肉屋さんの方に行けばよかったのに……」
おろおろと戦場の外で見守っていたらしきセンセが言うのに、その腕をがっしり掴んで厳かに告げた。
「……いいですか、センセ。たとえガッツリした財布がついてても、特売品は絶対にゲットすべきなんです。ウチには32歳を筆頭に食べ盛りが4人います」
「……あ、はい」
「こんだけ買っても3日で食いきる量です。節約できるとこは節約しないと家計ぶっ壊れになりますよ。 ……はい、じゃあ買いに行きますか、高級肉」
「……はい、ごめんなさい」
もう完全にお手伝いと化したセンセを後ろに従えて、俺はgいくらの一枚ずつビニールに包まれているお高い肉も買った。牛脂もしっかり貰った。
センセは金額は諦めて、俺がカゴに入れていくのを無抵抗で眺めている。
「今日の夕飯はご馳走なんで、期待しててくれていいですよ、センセ」
「ごちそう!」
「多分、センセも好きです。咲子にも持って帰るんで、量は減りますけど」
「うん……。リンちゃんも持って帰るよね……」
パッと輝いた顔があっという間に曇った。
ああ、そっちを警戒してるんだな……こないだの角煮の恨みがまだ残ってるらしい。
それなら、しょんぼりする32歳児のために好みのアイスも買って帰ろう。
「……もたせるとは言いましたけど、少しはこっち乗せても大丈夫ですからね?」
「大丈夫だよ、台湾帰りの時の荷物より全然軽いもん」
センセが大量の荷物をホントに軽々持って笑うので、持つ気満々だった俺の自転車のカゴは空いたままだ。
それでも、買い物帰りにセンセと一緒に帰れるなんて、本当に咲子と預けられていたころ以来で、通い慣れた通学路を同い年みたいに隣に並んで歩けるのが嬉しい。
手を繋いだりは出来ないけれど、自転車を押して少しでもゆっくり歩く。
夜になりかけの残照を浴びて微笑むセンセの顔とか、ふわふわと風に揺れる後れ毛とか、逆光になる肩の線とか。
少しでも記憶に焼き付けるように。
いつか離れた日の後も、さっき見た星の写真みたいに、今日の鮮やかな記憶を思い出せるように。
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