漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋

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桐 初めて花を結ぶ

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なかなかに厳しかった6月を乗り越えて、ようやくたどり着いた7月後半は予想通りに酷暑だった。

店の前は朝っぱらから陽炎が経つくらいの温度で、当然店内もムシムシ暑い。
色んなタイプの扇風機をあるだけ回してはいるが、空気をかき回すだけの扇風機には限界がある。

「あっつい……」

調剤室で扇風機にへばりつきながらセンセがぼやく。
カウンターにいるリンさんも、全部の窓と扉に風を通していた俺も、いい加減限界だ。

「そう思うならエアコン設置しろってもう随分前から言ってるんだけど、私。

……扇風機で耐えられる温度じゃないでしょ、コレ!」

「そうっすよ、うちの薬局に来るの主に爺ちゃん婆ちゃんだし、センセただでさえ暑がりじゃないですか。人死に出る前に、いい加減、家とこっち金掛けましょ」

俺とリンさんのタッグ口撃に元々ふにゃっていたセンセはすぐに負けた。

「わかった……わかったよう……でも家電どれえらべばいいかわ」

「リンさん、エアコンこれどうですか、ずぼらなセンセでも放置でいいお掃除機能付いてます。型落ちでちょっと安くなってますし」

「甘いわね、キヨくん、こういう時は一番高くて最新の機能モリモリのを選ぶのが正解なのよ。 そして最短で工事に来てもらう!交渉は私がやるわ」

「さすがっす、リンさん! ……センセ、クレカ貸してください、番号登録するんで」

センセからOKとクレカをもぎ取った途端、リンさんは手元のパソコンを家電通販のページに速攻変えたし、俺も手元のスマホから前から目を付けていたおススメを引っ張り出す。
工事最短でかつポイントもたっぷりつく最新エアコンを速攻購入し、これまた即リンさんが電話をかけ始めた。

「……俺抜きでどんどん話すすめてる……、ヒドイ……」

センセのボヤキは当然聞こえないフリだ。
カウンタの店番を速攻交代した俺が、扇風機と首用アイスノンで何とかしのいでいる間にも、リンさんの交渉は進んでいく。



「リンちゃん、ホントはバリバリ営業向きだよね……。俺より上手いんじゃないかな……」

「……でもセンセ、普段リンさんが処理してくれてる、あの複雑怪奇な事務処理、出来ます?」

「……できない」

「だから仕方なくそっち回ってくれてるんじゃないっすかね。そっちの手際もバリバリ有能っすけど」

「……いいもん、どうせ俺なんてダメ人間だもん……」

「いい年した大人がもんとか言わないんすよ、センセ」


センセが調剤台の上でふにゃふにゃにしおれているうちに、華やかなリンさんの笑い声と共に商談はまとまった、らしい。

「よぉし、これで今日の15時には取り付け工事来て貰えるわよ!あとちょっと割引して貰っちゃった!」

「……今日! ホントに最短っすね……どこにつける予定ですか、リンさん」


スレンダーな胸を誇らしげに張ったリンさんが、そうねと薬局内をぐるりと見まわす。

「調剤室に小型1台、薬局内に一台、あとは家の方も2台は必要でしょ。 ……キヨくん、一番つらいの台所よね?」

「はい、後は居間ですね。夏はそっちで寝てもらえば、しのげると思うんで」

調剤台で液体と化してるセンセを見ながら、答える。


「じゃあ、午後は薬局閉めるから、キヨくん、午後分は出すから休みにしていいわ。 ……確か、今は夏休みだもんね」

「あ、はい、じゃあちょっと図書館行ってきます。 ……妹は夏期講習後に友達と食べてくるって言ってたんで、そっちの心配もないですし。夕飯軽いのでいいっすか、センセ」

「何でも大丈夫、食べる……」

ちょっといじけてるな、センセ。


「……じゃあ、それ用の材料も買いに帰りにスーパー寄ってくるんで、ついでにアイス買ってきますけど、何がいいです?」

「……はい! コーンの付いたソフトクリーム! 抹茶のとチョコのやつ!」

「了解です。リンさん確かハーゲンダッツでしたよね?」

「うん。キヨくんも好きなの買ってきていいからね!」

「……あってるけど、ハジメくん、私の分まで勝手に返事しないで」

アイスの話を振ったとたん、生き返った現金なセンセとむくれるリンさんに笑って、俺は出かける用意をするために、薬局から家の方へと引っ込んだ。










簡単な昼(冷やしカレーうどんにした)をセンセたちと食べて、用意整えて出た時には13時近かった。
つまりは、太陽と真っ向勝負の一番ヤバい時間帯だ。
通りを歩く人はほぼなく、何なら車もあんまり通らない。

「しかし……、気温が40度近いとか……、下手したらたんぱく質固まって死にそう……」

そこを今、自転車で必死こいて図書館へと向かっている。当然のごとく暑い。ヤバい。



学校はもうすでに夏休みに入った。
期末テストはみんなで勉強会もやったせいか、全員それなりにいい点だせたようで、東原コウタなんかは思ったより上々の出来にウキウキで、御園ソノに調子乗んなって〆られていた。
俺も、苦手なとこの洗い出しと再復習で基礎固めができたので、まずまず良かったと思う。

夏休み明けになーと能天気に別れた面々の顔をチラッと思い出して、笑う。

「……あいつらも、今頃は、毎年恒例とか言うキャンプ、行ってんだろうな……」

一応、モモとハヤシと、ソノの勧誘の結果入部してくれた一年の子も行くらしく、俺も誘われたが、バイトと勉強があるので断った。
一昨日位には、満天の星空とみんなで楽しくバーベキューやってる写真がラインで飛んできてたから、涼しく楽しくやってるようだ。


それに引き換え、こっちは現在焦げるように暑い。
どうにかこうにか目的のアーケード街が見えてきたから、なんとか死なずに済みそうだけど……。

念のため、首はアイスノン+首かけ扇風機、頭にキャップ、カバンにポカリのペットボトル(冷凍)と緊急用の衝撃与えると冷たくなる奴ヒヤロンの完全防備ではあるが、

「……これ、……アーケード抜けてくコース通らなかったら、……熱中症でぶっ倒れてたかもな、やべえ……」

ちょっと日に当たっただけで、命の危機を感じるレベルの外だった。
幸い、日に当たらなければ自転車で走ってる限り風があるし、アーケード抜ければすぐ図書館だ。
暑すぎてあまりヒトがいなそうなのを幸い、駐輪場の出来るだけ日が当たらなそうな木陰に自転車停めて、速攻で図書館に入る。

「うおー……、涼しー……」

入口ちょっと入っただけで、エアコンガンガンにかけてくれてるのが分かる。
こういうトコけちらないでくれて、マジで有難い。

一応、図書館には図書室はいる前にちょっとしたスペースと休憩所みたいなベンチがあって、一旦そっちに座って暫くポカリ飲んで涼む。
飲んだ瞬間、全身から噴き出す汗が、ホントに熱中症一歩手前って感じだ。

ちなみにガチガチに凍っていたポカリはとっくに溶けて常温に戻っている。
べちゃべちゃになった首周りの諸々を外して、代わりに鞄からタオルを出してできるだけ拭く。

「しかし、やっべえな、今年……」

7月、一か月チャリ通しただけで高校球児かってくらい焼けた。
ガッコ行くと、チャリ通組は大体黒いのであんま目立たないが、肌弱い+あまり外に出ないハジメさんと、日焼け絶許なリンさんの白肌コンビと一緒にいるとめちゃめちゃ浮く。
センセは黒く焼けた肌ってのに憧れがあるらしく、むけたらむかせてね、とかキラキラした顔で言っていたが、これ、火傷と一緒だからな。

夏休み中は出来るだけ連日でバイトを入れておいた。
うっかり休みだしヒトこないだろって長期不在にすると、瞬く間に荒れるのが分かってるからだ。
それにこの暑さだとセンセ、買い出しも出来ないだろうしな……。

夏休みくらい休んでいいよ、とリンさんと俺に告げた、人懐っこい割に一人が当然のような顔で笑うセンセを思い出して、一瞬、胸がキュッとする。

「……、」

4月からたった3か月で俺の予定も、気持ちも変わった。
進路を変える気はないけれど、まさかあれだけ離れたかったセンセの傍に出来るだけいよう、と思うようになるとは思わなかったし、これが恋だとも思ってなかった。

たぶん、センセは俺やリンさんがいなくなっても、当たり前みたいな顔して一人で平気みたいに笑うだろう。
それでも、内側はあんなにやわらかい人だから、気づかないうちにたくさん傷つくだろう。


だから、少しでも思い出を残しておきたい。
あんなこともあったなって、あの時は楽しかったねって、言って貰えるような思い出を。




俺がセンセの傍にいられる今のうちに。
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