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蚕 起きて桑を食む
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翌日、授業終了と一緒に5人揃ってダラダラと図書館に向かう。
一応、進学校を名乗ってるだけはあって、うちの学校の図書館はなかなか広いし、天井もそこそこ高く、勉強しやすいようにと大きなテーブルと椅子がいくつも設置されている。その上涼しい。
よそと同じく私語厳禁なのが玉に瑕だが、生徒用に開放されてる自習室よりは圧迫感もないし自由に使えるから、友達と集団で勉強したい時には便利な場所だった。
……ということを、俺たちは先に頭に入れておくべきだった。
「うっわ、混んでる……」
図書館入り口で御園の思わず零れた呟きに、東原がコクコクと頷いている。
そりゃそうだ、よく考えなくても期末前だからな。
大きいテーブルも、本棚の間にいくつかある小さなテーブルも全部埋まっていた。
「……どうする? 自習室いく?」
「いやもうとっくに埋まってるだろー、あと俺あそこ嫌い」
東原がブンブンと首を横に振る。
「確かに、机の間隔狭いし、空いてる席座るしかないし、勉強会するにはちょっとな……」
固まって座れないと教えられないしな……。
部室棟に行けば、とりあえず各部に割り当てられた小さな部屋はあるが、あそこはエアコンはないし、窓は小さいし、夏は死にそうに暑く、冬は死にそうに寒いらしい。
大体、男5人も入れたら、たぶんみっちり詰まって動きが取れなくなりそうなくらいのスペースだ。
……そもそも、ハヤシの将棋部も御園の天文部も、ヒトが入ることなんか考えてなさそうだから、絶対物置と化してるだろうしな。
「……しょーがねーなー、じゃあ今日もソノんとこ行くかー」
東原が嬉しそうに言うのを、御園がじっとりした半目で眺めているが、それはそれとして。
「いいよ、じゃあうちの爺ちゃんちでやろう。先連絡入れるから、ちょっと待って、」
図書館の前であんまり立ちふさがっててもマズいので、昇降口まで移動しながら、御園がスマホで連絡を入れてくれた。
「……そういや、お前らみんな、自転車通学なん?」
ふっと疑問に思って聞いてみると、東原は御園に2ケツで乗せて貰って来てるようで、モモは学校から家が近いので歩き、ハヤシは自転車通学の様だ。
「モモは俺が乗せてくから大丈夫だ」
ハヤシが間髪入れずに答えてるが、本人はキョトンとしている。
「……え、僕、歩きで行ってもいいけど?」
場所分かってるし、家近いから家族に車で送って貰ってもいいし、ときっぱり断られてハヤシが黙った。
……まだ、数か月の付き合いだが、柔らかい口調とニコニコ笑顔とややポチャッとした小柄な体格のやさしい印象を裏切って、結構モモの性格強いよな……。
「俺らのは元々ソレ用で買ってるからいいけど、普通の自転車で2ケツはダメだろー」
「……やめろ、東原、トドメ刺してやるな」
ハヤシが泣くぞ。
見ろ、表情が虚無から帰ってこない。
「……ほら、コントやってないで、いいから行くぞ。……モモはじゃあ、後でな」
「うん、ソノくん、お爺ちゃんによろしく。 みんな、後でね」
ヒラヒラ手を振って、モモが校門に向かう背を見送って、とりあえず全員自転車で裏門に向かう。
とりあえずハヤシを先頭にした俺たちは、のろのろと御園んちの爺ちゃんがやってるという喫茶店に向け出発した。
「……ハヤシ、大丈夫そ?」
前の方で東原がこっそり御園に尋ねるのが聞こえる。
辿り着いた喫茶店は、案外俺んちからでも行けそうな距離で、外観も女の子が好きそうな落ち着いたレンガ作りの洋館みたいな所だった。
脇にある駐車場の端にめいめい自転車停めてから、カランカラン、と牛のベルみたいな音を鳴らして入ると、正面によく磨かれた木のカウンターと、奥の棚にはいろんな形のカップが並んでいるのが見える。
……うちの妹も喜びそうだけど、リンさんのが好きそうな雰囲気だ。
カウンター向こうで迎えてくれた白髪の笑顔が優しい老齢の男性に、ただいまと御園が返しているから、アレが御園の爺ちゃんなんだろう。
チラと目があったら微笑んでくれたので、はじめましての俺もぺこりと頭を下げておく。
黒っぽい木の床を御園の後に続いて進むと、奥にひっそりとふたの開いたピアノがあって、その反対側に暖炉があるのが見えた。
その前にある広々したテーブルセットに慣れた様子で、御園と東原、そしてのろのろとハヤシが座り込む。
「…………」
「大丈夫だろ、たぶん脳内で詰め将棋でもやってるよ」
答える御園はただただ冷たい。
さすがに悪かったかなあ、みたいな顔でハヤシの方を見た東原が、御園の爺ちゃんが運んできてくれた、アイスティーとクッキーにそんなことは全部忘れた!みたいな顔になる。
ここまで放っておかれるって事はよくあることなんだろうか。
俺もとりあえず、空いた椅子の背に鞄を置くと、参考書と教科書を数冊出してから席に座った。
「……俺、飯の支度とか色々あるから、17時半リミットだけど」
一緒に出してもらった使い捨てのお手拭きで手をふきながら、先に言っておく。
「……モモ来るまで時間ありそうだから、先に英語やるか……それか藤谷、理数でなんか突っかかってる科目ある?」
紙コースターの上からアイスティのグラスを取りながら、御園が俺に聞く。
「そうだな、大体は授業の後で各担当の先生から課題貰って復習してるからあんまり……。
ああ、でも一週前分から数Ⅲのノート貸して貰えると助かる」
公務員試験の方の参考書の応用問題に微分ひねったやつが出てきて、今解いてるところなので。
応用までしっかりガッツリじゃなくていいとは聞いたが、万が一実際の試験に出た時に落としたくはない。
「あ、じゃあ、藤谷も英語のノート貸してくれ。直近一か月くらい」
「いいけど、なんか躓くようなトコあったか?」
御園そこまで英語苦手じゃないだろ。
とりあえずカバンから英語のノートをそのまま出して手渡しておく。
「サンキュ、いや、お前のノート要点分かりやすいから、教えるのに使いやすいんだよ。
……ほら、航太」
俺のノートを真ん中に、おさなな共が勉強始めたので、俺も公務員試験の参考書と数Ⅲの教科書片手に勉強を始める。ハヤシは意識を取り戻すまで放置だ。
「そういえば、藤谷ってなんで市役所めざしてんの?」
御園のスパルタ教育から逃れたいのか、追い詰められた東原が話しかけてくる。
微分の迷路に入っていた俺は、一瞬答えに詰まった。
「…………、そうだな、まあ……安定してる職だってのがまず来るかな」
市役所を選んだ理由はいくつかあるが、人に答えやすいのはこれだった。
一緒に思い浮かんだ別の理由を考えると、昨日のセンセのラインの文面がまた脳裏に浮かんで、思いつきかけていた数式が消える。
帰ってきたセンセは一体、何の話をするんだろう。
俺はセンセに何を話せばいいんだろう。
アイスティの氷がカランと音を立てて崩れるまで、俺はずっとセンセのことを考え続けていた。
一応、進学校を名乗ってるだけはあって、うちの学校の図書館はなかなか広いし、天井もそこそこ高く、勉強しやすいようにと大きなテーブルと椅子がいくつも設置されている。その上涼しい。
よそと同じく私語厳禁なのが玉に瑕だが、生徒用に開放されてる自習室よりは圧迫感もないし自由に使えるから、友達と集団で勉強したい時には便利な場所だった。
……ということを、俺たちは先に頭に入れておくべきだった。
「うっわ、混んでる……」
図書館入り口で御園の思わず零れた呟きに、東原がコクコクと頷いている。
そりゃそうだ、よく考えなくても期末前だからな。
大きいテーブルも、本棚の間にいくつかある小さなテーブルも全部埋まっていた。
「……どうする? 自習室いく?」
「いやもうとっくに埋まってるだろー、あと俺あそこ嫌い」
東原がブンブンと首を横に振る。
「確かに、机の間隔狭いし、空いてる席座るしかないし、勉強会するにはちょっとな……」
固まって座れないと教えられないしな……。
部室棟に行けば、とりあえず各部に割り当てられた小さな部屋はあるが、あそこはエアコンはないし、窓は小さいし、夏は死にそうに暑く、冬は死にそうに寒いらしい。
大体、男5人も入れたら、たぶんみっちり詰まって動きが取れなくなりそうなくらいのスペースだ。
……そもそも、ハヤシの将棋部も御園の天文部も、ヒトが入ることなんか考えてなさそうだから、絶対物置と化してるだろうしな。
「……しょーがねーなー、じゃあ今日もソノんとこ行くかー」
東原が嬉しそうに言うのを、御園がじっとりした半目で眺めているが、それはそれとして。
「いいよ、じゃあうちの爺ちゃんちでやろう。先連絡入れるから、ちょっと待って、」
図書館の前であんまり立ちふさがっててもマズいので、昇降口まで移動しながら、御園がスマホで連絡を入れてくれた。
「……そういや、お前らみんな、自転車通学なん?」
ふっと疑問に思って聞いてみると、東原は御園に2ケツで乗せて貰って来てるようで、モモは学校から家が近いので歩き、ハヤシは自転車通学の様だ。
「モモは俺が乗せてくから大丈夫だ」
ハヤシが間髪入れずに答えてるが、本人はキョトンとしている。
「……え、僕、歩きで行ってもいいけど?」
場所分かってるし、家近いから家族に車で送って貰ってもいいし、ときっぱり断られてハヤシが黙った。
……まだ、数か月の付き合いだが、柔らかい口調とニコニコ笑顔とややポチャッとした小柄な体格のやさしい印象を裏切って、結構モモの性格強いよな……。
「俺らのは元々ソレ用で買ってるからいいけど、普通の自転車で2ケツはダメだろー」
「……やめろ、東原、トドメ刺してやるな」
ハヤシが泣くぞ。
見ろ、表情が虚無から帰ってこない。
「……ほら、コントやってないで、いいから行くぞ。……モモはじゃあ、後でな」
「うん、ソノくん、お爺ちゃんによろしく。 みんな、後でね」
ヒラヒラ手を振って、モモが校門に向かう背を見送って、とりあえず全員自転車で裏門に向かう。
とりあえずハヤシを先頭にした俺たちは、のろのろと御園んちの爺ちゃんがやってるという喫茶店に向け出発した。
「……ハヤシ、大丈夫そ?」
前の方で東原がこっそり御園に尋ねるのが聞こえる。
辿り着いた喫茶店は、案外俺んちからでも行けそうな距離で、外観も女の子が好きそうな落ち着いたレンガ作りの洋館みたいな所だった。
脇にある駐車場の端にめいめい自転車停めてから、カランカラン、と牛のベルみたいな音を鳴らして入ると、正面によく磨かれた木のカウンターと、奥の棚にはいろんな形のカップが並んでいるのが見える。
……うちの妹も喜びそうだけど、リンさんのが好きそうな雰囲気だ。
カウンター向こうで迎えてくれた白髪の笑顔が優しい老齢の男性に、ただいまと御園が返しているから、アレが御園の爺ちゃんなんだろう。
チラと目があったら微笑んでくれたので、はじめましての俺もぺこりと頭を下げておく。
黒っぽい木の床を御園の後に続いて進むと、奥にひっそりとふたの開いたピアノがあって、その反対側に暖炉があるのが見えた。
その前にある広々したテーブルセットに慣れた様子で、御園と東原、そしてのろのろとハヤシが座り込む。
「…………」
「大丈夫だろ、たぶん脳内で詰め将棋でもやってるよ」
答える御園はただただ冷たい。
さすがに悪かったかなあ、みたいな顔でハヤシの方を見た東原が、御園の爺ちゃんが運んできてくれた、アイスティーとクッキーにそんなことは全部忘れた!みたいな顔になる。
ここまで放っておかれるって事はよくあることなんだろうか。
俺もとりあえず、空いた椅子の背に鞄を置くと、参考書と教科書を数冊出してから席に座った。
「……俺、飯の支度とか色々あるから、17時半リミットだけど」
一緒に出してもらった使い捨てのお手拭きで手をふきながら、先に言っておく。
「……モモ来るまで時間ありそうだから、先に英語やるか……それか藤谷、理数でなんか突っかかってる科目ある?」
紙コースターの上からアイスティのグラスを取りながら、御園が俺に聞く。
「そうだな、大体は授業の後で各担当の先生から課題貰って復習してるからあんまり……。
ああ、でも一週前分から数Ⅲのノート貸して貰えると助かる」
公務員試験の方の参考書の応用問題に微分ひねったやつが出てきて、今解いてるところなので。
応用までしっかりガッツリじゃなくていいとは聞いたが、万が一実際の試験に出た時に落としたくはない。
「あ、じゃあ、藤谷も英語のノート貸してくれ。直近一か月くらい」
「いいけど、なんか躓くようなトコあったか?」
御園そこまで英語苦手じゃないだろ。
とりあえずカバンから英語のノートをそのまま出して手渡しておく。
「サンキュ、いや、お前のノート要点分かりやすいから、教えるのに使いやすいんだよ。
……ほら、航太」
俺のノートを真ん中に、おさなな共が勉強始めたので、俺も公務員試験の参考書と数Ⅲの教科書片手に勉強を始める。ハヤシは意識を取り戻すまで放置だ。
「そういえば、藤谷ってなんで市役所めざしてんの?」
御園のスパルタ教育から逃れたいのか、追い詰められた東原が話しかけてくる。
微分の迷路に入っていた俺は、一瞬答えに詰まった。
「…………、そうだな、まあ……安定してる職だってのがまず来るかな」
市役所を選んだ理由はいくつかあるが、人に答えやすいのはこれだった。
一緒に思い浮かんだ別の理由を考えると、昨日のセンセのラインの文面がまた脳裏に浮かんで、思いつきかけていた数式が消える。
帰ってきたセンセは一体、何の話をするんだろう。
俺はセンセに何を話せばいいんだろう。
アイスティの氷がカランと音を立てて崩れるまで、俺はずっとセンセのことを考え続けていた。
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