漢方薬局「泡影堂」調剤録

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鴻雁 帰る

7 ※先生視点

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5月ももう後半入っていくらか経った。
予想通りに不足がちな生薬がいくつか増えたので、リンちゃんに頼まれたお茶の購入ついでに、明日から台湾へ買い付け旅行の予定だ。

もっていくのは、小ぶりのスーツケースにリュック一つ、エコバックは小さいのをたくさん。
あとはTシャツと短パンとジーンズ、下着を何枚か。
足りなければ向こうで買えるし、台湾いくなら最低限はそのくらいで十分だろう。



そうして簡単なパッキングをサクサク終わらせたはずが、なぜか今、キヨ君に取り調べを受けている。
主に開かれたスーツケース半分に敷き詰めたティッシュに関して。

「センセ、またこんなにポケットティッシュ詰めて……どうすんすか」

「あっちのトイレで必要なんだよー……」

「だからってこんないらないでしょう、一日3個使ったって3か月いけそうな量ありますよ、没収!」

「使うのにー……」

そのために駅前で一日かけてグルグルして貰ってきたのに。
余っても、向こうに遊びに行く観光客の日本人は、外のトイレにティッシュ必要なこと知らない人が多いから、上げると喜ばれるのに……。
半分の量にされたティッシュにさめざめ泣く真似していると、今度はパスポート入れを確認している。

「現金とカードはあるな……。たしか、台湾は90日以内ならビザいらなかったですよね?……じゃあ、これは大丈夫として……。漢方の買い付け許可証みたいなやつもちました?いるんじゃないでしたっけ」

「今回は持って帰って来ても精々サンプルだから大丈夫。よっぽど珍しいの見つけて欲しいの送ってもらう時くらいかな……いらないと思うよ」

あ、そうだ、あっち暑いからサンダル入れとかないと。
一か月くらいの短期とはいえ、あるとないだと大違いだからなあ。

キヨくんのおかげですっかりキレイに片付いた茶の間から出て、ペタペタと玄関先へ向かう。


「……何取りに行くんです?」

なぜか後ろからキヨくんがついてくる。

「サンダル―。あっちソロソロ雨季だから、絶対必要だと思って」

「確か、靴箱の二段目に入ってましたよ、ビーサンみたいなヤツ」

「あ、ソレだ、有難う」

言われるまま靴箱を開けてみれば、ここ一年見たことないくらいにキレイに整頓されていて、言われたとおりに二段目にサンダルが収まっていた。

「……ホント、キヨくんいない間、俺どうやって生活してたんだろ……」

「…………、」

しみじみキヨくんへの感謝を呟いていたら、後ろで盛大にため息つかれた。なんかゴメン。



「こんな何も出来ないヒト海外送り込んで、定宿の人達、大丈夫かな……」


迷惑じゃないだろうか、なんて不安げに呟くもんだから、ムッとして振り返ると、サンダル片手に胸張って答える。

「失礼な、旅先じゃキレイに使うちゃんとした日本人で通ってるんだから」

「……じゃあ、日本でもちゃんとした日本人になって下さいよ……」

「ゴメン……」

旅先のパッキングやベッドメイクはちゃんとできるのに、持ち物の量の所為なのか、なんなのか、家に帰ってくるとなぜか仕舞えなくなるんだよね。
リンちゃんなんかは、お前のソレは甘えだって言ってくるけど、キヨくんはため息つきながらも面倒見てくれるので、ついつい…。
こういう所が甘えちゃってるって言われる所なんだろうけど。

「……いつも有難うね、キヨくん。お土産ちゃんと買ってくるから……なにがいい?」

「土産よりセンセが無事に戻ってきてくれるのが一番の土産なんで、無事に怪我せず戻ってきてください」

居間へと続く廊下を戻る途中で、キヨくんがそういって振り返った。
いつもの笑顔でもなく、怒り顔でもなく、本心からの心配そうな顔で。

思わず胸がキュッとして、そのまま腕を伸ばして抱きしめる。
いきなり胸筋で顔を潰されたキヨくんは、いつもみたいに腕突っ張ろうとしてモガモガしてるけど、俺の腕力の方が断然強い。
いつもみたいに暫くして諦めたのか、そのままジッとする、細いけど薄く筋肉ついてきた背をトントンと優しく撫でて離す。
その、何か堪えるような、半分あきらめたような表情は、最近のキヨくんが良くする顔だ。

「……これも誰にでもやるんでしょう、センセ。あっち行ったら気を付けてくださいよ、いきなり抱き着くのは犯罪と一緒ですからね」

……感動のシーンだと思ったのに、犯罪者扱いされてる……。

「俺だってちゃんと大人なんだから、誰にでもはやらないよ。感染症の件もあるしさ。それにちゃんとした挨拶のハグはこう」

キヨくんの背に軽く片手回して、ポンと撫でて離れる。

「これくらいのもんだし、普段は握手くらいだから大丈夫だって」

「…………俺にもこれくらいにしてくれないすか」

「それは無理!」

アハハと笑って居間へと逃げる。
だってキヨくん、反応が可愛いんだもん。

暫くして、廊下からまた盛大なため息が聞こえてきた。





翌朝、飛行機乗るからかなり朝早かったのに、それでも見送りに来てくれたのは、リンちゃんから店と家のカギ預かったキヨくんだ。

「……忘れ物ないですね、航空券もちゃんと持ってますね?……カッパ持ちました?」

「持った持った、そんな心配しなくても大丈夫だよ、台湾は日本と同じようにコンビニあるんだから」

駅までのタクシーを待つ間もあれこれと心配してくれるキヨくんに思わず苦笑する。


「コンビニあっても、センセのサイズあると思ったら大間違いですよ。普段の服だってジーンズ、普通のとこないでしょう?」

「……はい」

うぐぐ、痛いとこ突かれた。
上の服は何とかサイズ見つかる店もあるんだけど、ジーンズやスラックスなんかの下の服は下手したらどこ行ってもなくて、オーダーメイドになったりするのだ。
学会出る時用のスーツだと、割とちゃんと作ったのが何着かあるし、買えたりもするんだけど、普段着だとな……太ももに合わせて作るしかない……。

「寒い時用の上着は?」

「持ちました」

「スマホ」

「あるある」

「腕時計」

「してる、いやしてなかった、待って……あ、ポケに入れてた」

「なんで腕時計がポケットに入ってるんすか……」

ちゃんと腕にしてくださいよ、とため息つかれてる間にスーッと家の前にタクシーが滑り込んでくる。


「あ、来た、じゃあ行ってくるね。……大変だけど、店のことよろしくね、キヨくん」

改めて言うと、キヨくんから珍しく近づいてきて、そのままぎゅっとハグされる。
俺がいつもやる両腕全身抱き締め系のではなく、昨日教えた挨拶のハグの方を。

「……はい。ちゃんと店番して待ってるんで。無事に帰ってきてくださいね」

そう言って笑う顔はいつものだけど、その目は昨日と同じで心からの心配が詰まっていて、なんだか俺まで胸がギュッと詰まって思わず頷く。

「うん、ちゃんと無事に帰ってくるから。キヨくんも元気でいてね。言われた通り連絡はちゃんと入れるから」

「……はい」

ホントはいつもみたいに抱きしめたいけど、今日は背中だけポンと叩いて終わりにする。




そのまま俺がタクシーに乗り込んでも、荷物を全部入れて車が走り出しても、角を曲がって見えなくなるまでずっと。

振り返れば、キヨくんはじっとそこで佇んで見送っていた。
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