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清水 温かを含む
6 ※リン視点
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まだ冬から覚めたばかりの春先は、こうして街中を走っていても空気が澄んでいて気持ちがいい。
このちっちゃいベスパならそこまでスピードもでないからバイクほど寒くもないし、おっきめのリアバックもつけてあるから、ちょっとした買い物したい時にも楽なのだ。
……まあ、誰かさんは背丈に合わないって笑うけれど。
考えているうちに、道の先、商店街の外れにちょっと古びた見慣れた薬局が見えてくる。
ここを建てたお爺ちゃんの趣味で、屋根は入り口の上だけ中国風の瓦を使っていて、入口自体は杉の扉に中華風の透かし彫りが入ってるらしい。
もう汚れがすごくて真っ黒いのと、手前と奥にごちゃごちゃ色々物を積んであるから、なんだかわからないけどね。
「……あれ、」
店の前でオートバイを止めて、とっくに開いてるだろうと思った入口がシッカリ閉ざされているのを見て首を傾げる。
今日、ハジメくん、いるって言ってなかったっけ。
不思議に思いながら、店の横に小さく作ってある駐輪場に止めに行ったら、そっちには見慣れた自転車が止まっていた。
「ふぅん?」
キヨくん来てるのか。
バイト、また始めてくれるのかな。私としては、正直その方が助かる。
ここの薬局の一応の店主であるハジメくんは、なんというか生来のダメ人間で、お爺ちゃんが後継ぎにしようと考えた時に、私も一緒に呼ばれて面倒見るよう頼まれたものだ。
絶対ヤダって断ったけど。
なんだかんだの腐れ縁で、無理にとらされた漢方医の資格を使って、週に1,2度こうして店番に顔出すようにはなったんだから、結局はお爺ちゃんの粘り勝ちかな。
ヘルメットをリアバッグに仕舞って、羽織っているジャケットに入れていたカギを引っ張り出す。
開いてないって事は、ハジメくん店来るつもりはなさそうだから私が開けるしかなさそうだ。
先に上と下の錠を2つ開けて、古びたキイキイいうカギを回す。
これもそろそろ油差したりしてほしいけど、ハジメくんだからやらないだろうな…。
あとは、開けた扉の向こうの椅子とおっきな衝立を退かせば、いつもの漢方薬局の出来上がり。
カウンタ向こうに押し込むように作ってあるラックから、自分の分の白衣を出して着こむ。
下ろしていた髪を手首に付けていた髪ゴムで結わえば、お仕事コーデの出来上がりだ。
「さて、お給料分くらいはお仕事しますかー」
常連のおばあちゃんの薬がそろそろ切れる頃だから、用意しておかなくちゃ。
あとあのおばあちゃんの好きなお茶も。
「お茶は……たしか龍井ベースだったよね、あとクコと……」
菊花は入るんだっけいらないんだっけ、と棚上の調剤録見ようと思ってる所にドタドタ駆け込んでくる音がする、というか近づいてくる。
「……え、店開けたままで行ったっけ? あ、リンちゃんか、おはよう」
「むしろなんで開いてないのさ、開けときなさいよ」
あともう夕方だからおはようの時間じゃない。
足音で大体わかってたけど、調剤室の入口に頭をぶつけそうになりながら走り込んできた大男はやっぱりハジメくんだった。
この人と会うと、自分でも声が尖るのが分かる。
あまりにもふわふわフニャフニャしてるから、ついついイラッとしてしまうのだ。
「それが、買い出し行って帰ったらキヨくん来てて……。 バイト、またやってくれるんだって」
嬉しそうに言いながら、私が使おうと思ってるクコの箱をひっくり返しそうになっている。
「……キヨくん来てくれるのは良かったけど、とりあえずクコの箱から手を離そうか」
あとが大変だから、触んな。
ホント、もう継いで十年近く経つのに、浮かれると手元が狂う悪癖何とかしてよね。
箱ごと取り返して、調剤台の上にある秤を引き寄せ、薬包紙を乗せる。
「クコ、何に使うの? っていうか、どれくらいいるの?」
「……あ、キヨくんがご飯作ってってくれるって話になって…。リンちゃんの冷凍庫いれてた鶏もも使っていいかな?」
「……え!?」
私の明日のお昼のヤンニョムチキン!
楽しみにしてたのに!
「……んー、でもキヨくんか……。分かった、いいわよ使って。何作ってくれるって?」
「薬膳風中華がゆだって」
キヨくんはちっちゃい頃からやってただけあって、手際とセンスがなかなかで、美味しいご飯を作ってくれるのだ。
「……持って帰るのちょっと大変だけど、いいか。 私の分、とっといてよね」
じゃあ、使うのはクコとナツメと松の実かな。
薬包紙を仕舞って、薬を仕分けするのに使うビニール袋に適当に入れていく。
私はクコ好きだからちょっと多めに入れよ。
相変わらずふわふわ嬉しそうなハジメくんの背中で跳ねてる、本人そっくりのフワフワした一本結びの三つ編みを見ながら、一年前のキヨくんと、この前見たキヨくんを思い返してみる。
中学の最後の頃のキヨくんは、完全に他人である私が見ても神経質でピーキーで、ハジメくんが近くにいるとそれがよりひどかった。
あんまりひどい時は、基本他人に興味ない私が思わず間に入ったくらい。
私もハジメくん見てるとふわふわボンヤリ過ぎてイライラするから同士かと思ったけど、彼の視線やその熱量は私とは違うベクトルだったんだろうと今は思う。
この前見たキヨくんはあれから比べれば、一年ですっかり大きくなって大人びていたけど。
ハジメくんを見る目に篭る熱は、中学の時とあんまり変わっていなかった気がする。
ただ、上手く隠せるようになっただけ。
「……うん、まあいいか。アオハルな年頃だし」
悩んで苦しむのも醍醐味って聞いたことあるし。
ただ、相手がこんなふわふわダメ人間なオッサンでいいのかなとは思うけど。
蓼食う虫も好き好きっていうしね。
材料の入ったビニール袋をハジメくんに手渡しながら、その背を励ますように軽く叩いた。
「はい、じゃあこれ持ってって。……ハジメくんも、キヨくんがまたバイト止めちゃわないように、もうちょっとシッカリしてよね」
「あいた!! …ちょっと、リンちゃん―!!」
……思わずイラッとして、強く叩き過ぎたかもしれない。
このちっちゃいベスパならそこまでスピードもでないからバイクほど寒くもないし、おっきめのリアバックもつけてあるから、ちょっとした買い物したい時にも楽なのだ。
……まあ、誰かさんは背丈に合わないって笑うけれど。
考えているうちに、道の先、商店街の外れにちょっと古びた見慣れた薬局が見えてくる。
ここを建てたお爺ちゃんの趣味で、屋根は入り口の上だけ中国風の瓦を使っていて、入口自体は杉の扉に中華風の透かし彫りが入ってるらしい。
もう汚れがすごくて真っ黒いのと、手前と奥にごちゃごちゃ色々物を積んであるから、なんだかわからないけどね。
「……あれ、」
店の前でオートバイを止めて、とっくに開いてるだろうと思った入口がシッカリ閉ざされているのを見て首を傾げる。
今日、ハジメくん、いるって言ってなかったっけ。
不思議に思いながら、店の横に小さく作ってある駐輪場に止めに行ったら、そっちには見慣れた自転車が止まっていた。
「ふぅん?」
キヨくん来てるのか。
バイト、また始めてくれるのかな。私としては、正直その方が助かる。
ここの薬局の一応の店主であるハジメくんは、なんというか生来のダメ人間で、お爺ちゃんが後継ぎにしようと考えた時に、私も一緒に呼ばれて面倒見るよう頼まれたものだ。
絶対ヤダって断ったけど。
なんだかんだの腐れ縁で、無理にとらされた漢方医の資格を使って、週に1,2度こうして店番に顔出すようにはなったんだから、結局はお爺ちゃんの粘り勝ちかな。
ヘルメットをリアバッグに仕舞って、羽織っているジャケットに入れていたカギを引っ張り出す。
開いてないって事は、ハジメくん店来るつもりはなさそうだから私が開けるしかなさそうだ。
先に上と下の錠を2つ開けて、古びたキイキイいうカギを回す。
これもそろそろ油差したりしてほしいけど、ハジメくんだからやらないだろうな…。
あとは、開けた扉の向こうの椅子とおっきな衝立を退かせば、いつもの漢方薬局の出来上がり。
カウンタ向こうに押し込むように作ってあるラックから、自分の分の白衣を出して着こむ。
下ろしていた髪を手首に付けていた髪ゴムで結わえば、お仕事コーデの出来上がりだ。
「さて、お給料分くらいはお仕事しますかー」
常連のおばあちゃんの薬がそろそろ切れる頃だから、用意しておかなくちゃ。
あとあのおばあちゃんの好きなお茶も。
「お茶は……たしか龍井ベースだったよね、あとクコと……」
菊花は入るんだっけいらないんだっけ、と棚上の調剤録見ようと思ってる所にドタドタ駆け込んでくる音がする、というか近づいてくる。
「……え、店開けたままで行ったっけ? あ、リンちゃんか、おはよう」
「むしろなんで開いてないのさ、開けときなさいよ」
あともう夕方だからおはようの時間じゃない。
足音で大体わかってたけど、調剤室の入口に頭をぶつけそうになりながら走り込んできた大男はやっぱりハジメくんだった。
この人と会うと、自分でも声が尖るのが分かる。
あまりにもふわふわフニャフニャしてるから、ついついイラッとしてしまうのだ。
「それが、買い出し行って帰ったらキヨくん来てて……。 バイト、またやってくれるんだって」
嬉しそうに言いながら、私が使おうと思ってるクコの箱をひっくり返しそうになっている。
「……キヨくん来てくれるのは良かったけど、とりあえずクコの箱から手を離そうか」
あとが大変だから、触んな。
ホント、もう継いで十年近く経つのに、浮かれると手元が狂う悪癖何とかしてよね。
箱ごと取り返して、調剤台の上にある秤を引き寄せ、薬包紙を乗せる。
「クコ、何に使うの? っていうか、どれくらいいるの?」
「……あ、キヨくんがご飯作ってってくれるって話になって…。リンちゃんの冷凍庫いれてた鶏もも使っていいかな?」
「……え!?」
私の明日のお昼のヤンニョムチキン!
楽しみにしてたのに!
「……んー、でもキヨくんか……。分かった、いいわよ使って。何作ってくれるって?」
「薬膳風中華がゆだって」
キヨくんはちっちゃい頃からやってただけあって、手際とセンスがなかなかで、美味しいご飯を作ってくれるのだ。
「……持って帰るのちょっと大変だけど、いいか。 私の分、とっといてよね」
じゃあ、使うのはクコとナツメと松の実かな。
薬包紙を仕舞って、薬を仕分けするのに使うビニール袋に適当に入れていく。
私はクコ好きだからちょっと多めに入れよ。
相変わらずふわふわ嬉しそうなハジメくんの背中で跳ねてる、本人そっくりのフワフワした一本結びの三つ編みを見ながら、一年前のキヨくんと、この前見たキヨくんを思い返してみる。
中学の最後の頃のキヨくんは、完全に他人である私が見ても神経質でピーキーで、ハジメくんが近くにいるとそれがよりひどかった。
あんまりひどい時は、基本他人に興味ない私が思わず間に入ったくらい。
私もハジメくん見てるとふわふわボンヤリ過ぎてイライラするから同士かと思ったけど、彼の視線やその熱量は私とは違うベクトルだったんだろうと今は思う。
この前見たキヨくんはあれから比べれば、一年ですっかり大きくなって大人びていたけど。
ハジメくんを見る目に篭る熱は、中学の時とあんまり変わっていなかった気がする。
ただ、上手く隠せるようになっただけ。
「……うん、まあいいか。アオハルな年頃だし」
悩んで苦しむのも醍醐味って聞いたことあるし。
ただ、相手がこんなふわふわダメ人間なオッサンでいいのかなとは思うけど。
蓼食う虫も好き好きっていうしね。
材料の入ったビニール袋をハジメくんに手渡しながら、その背を励ますように軽く叩いた。
「はい、じゃあこれ持ってって。……ハジメくんも、キヨくんがまたバイト止めちゃわないように、もうちょっとシッカリしてよね」
「あいた!! …ちょっと、リンちゃん―!!」
……思わずイラッとして、強く叩き過ぎたかもしれない。
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