蛍火

真田晃

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そんな先生に、多少の罪悪感を覚える。
だけど……ここまで話して、引き返す訳にはいかない。

「黒川くんは、その返事を貰えるものだと信じて……来たんです。
先生に受け入れて貰えるかもしれないと……淡い期待を胸に、大きな鞄を抱えて……」
「……」


『何で来たんだ!』──夏祭り本番の夜。蛍が舞う田んぼのあぜ道で、白川に放った自分の声が、頭の中で響く。

……これで、いいんだよね。
小山内先生に伝えて欲しくて……僕に、託そうとしたんだよね。


「……でも犯人は、それを決して許さなかった」


思い出すだけで、嫌悪感が増す。
異常な光景。鼻に纏わり付く、腐敗臭。
先程までとは違う、不整脈のような胸の高鳴り。
………もう、手のひらの感覚が、殆どない──

「何時までも、小山内先生を想い続ける黒川くんに、苛立ちを隠せず……半ば強引に、あの小屋へと連れ込んだんです」
「……」
「中に入るなり、黒川くんは……犯人に、思い通りにされた。
実の父親にされたのと、同じように。
裸にされ。拘束され。犯人の妻に仕立て上げられて。
絶望の中、それでも………先生に会いたいと、ずっと犯人に……」


「──やめろっ、!!」


ダンッ──

テーブルを叩く音と共に発せられる、がなり声。
喉奥から無理矢理絞り出したように、苦しそうに擦れていて。

「……、」

俯いたまま、目元を指先で摘まむようにして拭い、更に小さく丸めた肩を震わせている。

「もう、止めてくれ……」
「……」

………言い過ぎた。
幾ら何でも、ストレート過ぎた。
今回の事件を聞くまで、きっと先生は、黒川くんの幸せを遠くから願っていた筈。
その彼が、まさか事件に巻き込まれていて、地元の土に埋められていたなんて……
そんなの、微塵にも想像していなかっただろう。

事件を知って、一番ショックを受けたのは、先生かもしれないのに。

「………」

そう思ったら……
自分の浅はかさに気付き、恥ずかしくなって俯く。
それと同時に、ずっと強いと思っていた小山内先生の、繊細さと心根の優しさを……僕は初めて、垣間見たような気がした。


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