蛍火

真田晃

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もし、間違った勇気を持ち続けていたとしたら。
白川の挑発に乗せられるまま、犯してしまったかもしれない。

「……」

最後に掴んだ、白川の細い手首の感触が思い出され、手のひらがじりじりと痺れる。


『……アイツ、泥だらけで帰って来たんだってよ。……服を破られて。擦り傷だらけで』
──ふと、窪塚の言葉が脳裏を過る。


「……それじゃあ……」

麻生さんは……無事だった、って事……?

「うん。……だから、身代わりになったんだって……」

口角を緩く持ち上げた白川が、首筋をぽりぽりと掻く。

「……」

……身代わり……
白川が、身代わりに。
絶望で止まりかけていた思考が、ゆっくりと動き出す。

麻生さんが暴漢に狙われた。
けど、無事だった。
それは、白川が身代わりとなって……犯人に身体を差し出したから。

「……」

でも、何だろう。この釈然としない感覚は。

「……なぁ」
「……」
「お前、どうやって……逃げた、んだ……?」

──そうだ。
口にしてから気付く。このモヤモヤとした違和感は、このせいだ。

恐らく犯人は、必死に逃げ惑う麻生さんを執拗に追いかけ回していた筈だ。
その獲物をみすみす逃し、身代わりを提案する白川で手を打とうなんて、思うのだろうか。
例え犯人が、白川にターゲットを移したとしても……顔を見られている以上、生きては帰さない筈。
隣町でターゲットにされた、同い年の少女のように──

「……」

手を止めた白川が、僕の様子をじっと見つめる。
窺うように。その薄灰色の瞳で。


「……なんで、殺されなかったんだ」


違和感なら、他にもある。

想像を絶する程の怖い目に遭って、必死の思いで逃げただろうに。

どうして麻生さんとは違って、呑気にお祭りなんかに参加できたのだろうか。

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