蛍火

真田晃

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19.あの日の出来事

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……はぁ、はぁ、はぁ、

いま、白川を支配しているのは……僕だ。
この僕なんだ……

額から、滲んだ汗が流れ落ちる。


……はぁ、はぁ……

自然と荒く乱れていく呼吸。
胸を突き破ってしまう程、激しく打つ心臓。

それはまるで、発作のよう。
一度乱れてしまえば、もう自分の意思では止められない……



「………怖く、ないのか?」

余りに抵抗しない白川に、思わず声を掛ける。
じっと僕を見つめる瞳。薄灰色のそれと目が合い、ふと我に返る。と同時に突然恐怖が走り、弾かれたように両手を離す。


……ヒュッ、

白川の喉が鳴り、直ぐに激しく咳き込む。

「……」

だけど……何かおかしい。
身を守ろうとも、抵抗しようとも、逃げようともしない。
両腕は地面にだらんとし、先程まで絞められていた細い首は……僕に晒されたまま。

「……殺されそうに、なったんだぞ……」
「……」
「怖く、ないのかよ」
「………ん。全然、……怖くない」

忙しく上下する胸部。やがて静かに深呼吸をしながら答えた白川が、再び鼻で笑う。


「だって、……ヤれない、でしょ?」


下から見上げる瞳が、容赦なく僕を見下みくだす。
妖しく色付いた唇を小さく動かし、口角をきゅっと持ち上げて。


「殺人も、……アレも」


挑発した物言い。
クスクスと笑う白川に、ゾッとする。


「──うるさいっ!」


咄嗟に手が動く。
少し乱れた白い甚平。その合わせ目を掴む。

「殺人犯って言うのは……確かに嘘だ。
だけど、俺はお前を殺す!
殺して、殺人犯に罪を擦りつけてやるんだ!!」
「……」

『そんな事、できるの?』──そう言いたげな冷たい瞳。
相変わらず両手はだらんとしていて、何の手応えもない人形そのもの。
だけど。真っ直ぐに向けられるその視線は、僕の心の奥底を引っ掻き回して暴き出し、蝕んでいくようで──怖い。

ごくん、とツバを飲み込む。


「あの日──盆踊りの練習にお前が来た、あの夜。
麻生さんと、一緒に帰ったんだよな……?」


……そう。
皆に揶揄われて、一人公園を飛び出して行った麻生さんを……その場にいた誰もが追い掛けようとしなかった──あの日。



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