蛍火

真田晃

文字の大きさ
上 下
16 / 71

16.

しおりを挟む

ガヤガヤガヤ……
白川の手を握り、人々の流れに逆らいながら公園を後にする。


カラン、カラン、カラン、……

どれ位歩いただろう。
下駄の乾いた音が、辺りに響いて良く聞こえる頃には、人気のない暗い場所まで来ていた。

一面に広がる田んぼ。
普段から人通りのない、物寂しいあぜ道。その道を挟んだ田んぼの反対側には、水路と雑木林。長い事手入れがされていないんだろう。狂ったように草木が生い茂っている。
風が消え、肌に纏わり付くような湿気でむんとする。

ぼつん、ぼつんと立つ、心許ない外灯。ひとつ向こうの外灯が切れかかり、不規則に点滅していた。
夜空に浮かぶ半月と満天の星。見上げた視界にこれらが無かったら、きっと怖くて足が竦んでいただろう。

遠くから聞こえる祭りの音は、足元で聞こえる蛙の合唱にかき消されてしまいそうだ。



「蛍、見たことある?」

肩を並べ、田んぼ側を歩く白川に目をやる。

「この気候なら、見られる筈なんだけど……」

そう呟き、白川から田んぼへと焦点を合わせれば、白川が此方に顔を向けたのがぼんやり見えた。

「こんな……何にもないド田舎だけど。
でも、だからこそ。この時期に蛍が見られるのは、結構自慢だったりするんだ」
「……」
「……あ。ほら、あそこ」

白川の前を通り、田んぼの端に立って指を差す。まだ背の低い、稲の葉と葉の間からふわりと浮かぶ、黄緑色の小さな光。

光っては消え、消えては光る。

その幻想的で儚い光に引き寄せられたのか。カラン、と下駄を鳴らし、白川が僕の隣に立つ。

「……綺麗だろう?」
「……」
「人魂みたいだ、って言う人もいるんだ」

ふわっと高く上がると、僕の前から白川の前へと舞い移り、白い甚平や白い鎖骨を黄緑色に染める。




「……白川」

新たにふわりと立ち上る光を見ながら、ぼそりと呟く。

「お前、何でここに来たんだよ……」

それまで抑え込んでいた感情が、静かに溢れ出す。
どろどろと、マグマのようにドス黒い感情。僕の心をじわじわと飲み込み、笑顔の仮面を焼き溶かしていく。

「……」

なのに。何も感じないんだろうか。
白川は相変わらず、飄々とした表情を浮かべ、何も答えない。


「──何でだ!!」


ガッ……

その態度が、僕の感情を逆なでる。
直ぐそこにある束ねた銀色の髪を、思うより先に掴んで引っ張り下げた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...