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第三章 パパ
86.
しおりを挟む腰にバスタオルを巻き、濡れた髪をそのままにした先生が、シャワー室から戻ってくる。
まるで、何事も無かったかのように。いつもの感じで。
身体を起こし、首に掛けたタオルで軽く髪を拭く先生に、視線を向ける。
「君も、シャワー浴びるといい」
「……」
え……
でも、まだ最後までしてない……
掛け布団を引き上げて首元まで覆えば、口角を少し持ち上げた先生が、ベッド端に腰を掛ける。
「……もう、しないよ」
「……」
しない……
先生の言葉を受け、戸惑いながら目を伏せる。
……どうして? 私が拒否したから?
もう、って……今回限りって事……?
悪い思考ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。
今までずっと……心と身体を切り離して、上手くやってこれたのに。
どうして、今日に限って……あんな記憶が……
「………いや、です」
「……」
「ちゃんと、して下さい……」
喉奥から、声を絞り出す。
指先から何から……震えているのが自分でもよく解る。
こんな状態で、こんな状況でできる訳ないのに。どうにかして先生を繋ぎ止めようと、愚かな事を言ってしまう。
「………そんなに、気に病まなくていい。今日はもう充分だ」
「……」
「果穂……」
呼ばれて視線を向ければ、吊り上がった眼が穏やかに緩む。
「そっちに行っても、いいか?」
「………はい」
小さくこくんと頷けば、ベッドに上がった先生が私の隣に腰を下ろす。
「……」
ふわっと香る、石鹸の匂い。
それに混じって、仄かに先生の匂いがする。
不意に、重ねられた手。
さっきまで、身体を重ねていたというのに。今は、この繫がりが心地良い。
何だか、落ち着く。
いつの間にか震えも止まり、呼吸も穏やかなものに変わる。
「……」
先生は、何も聞いてこない。
私が突然拒否した事も。必死で繋ぎ止めようとした事も。
ただ、私の隣に座って、そこに居るだけ。嫌な事もしない。
もしかしたら──何故かよく解らない。けど、そんな気になってしまう。
もしかして先生なら、ちゃんと聞いてくれるかもしれない。
私の気持ちを受け止めて、くれるかも。
「………先生」
意を決して、口を開く。
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息を吐くように一気に言えば、緊張から心臓が早鐘を打つ。
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