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第三章 パパ
72.
しおりを挟む「………果穂」
駅構内に入り、改札を抜けてガラガラのホームへと向かう。
その道すがら、足を止め、私の両肩を掴んだ先輩が通路の端へと追い込む。
「え……」
驚いたのも束の間……瞼を薄く閉じた先輩の顔が、直ぐそこまで迫る。
「……」
逃げずに、受け入れる。
目を閉じ、柔らかな感触を感じた瞬間──鼻先でミントが弾けた様な、爽やかな匂いがした。
別に、先輩の事は好きじゃない。
住む世界も、価値観も、生き方だって違う。
だから……早く気付いて。先輩にとって、落とす価値のない女だって。
私は、先輩が思い描いてるような女の子じゃないんだから。
「それじゃ、気をつけて帰れよ」
最終に近い電車に乗り込む私に、ホームに残る先輩が声を掛ける。
出入り口の戸袋付近に立って振り返れば、優しい眼差しを向ける先輩と目が合う。
「………はい」
──間もなく、発車いたします。
ホームに流れるアナウンス。
と、先輩の右手がスッと伸び、横髪を避けながら私の左頬にそっと触れる。
「………少しでも会えて、良かった」
「……」
「おやすみ」
ジリリリリ……
プシューッ。
圧の抜けるような音を立てて、ドアが閉まる。
手垢で薄汚れた窓硝子の向こう。
爽やかな笑顔を浮かべた安藤先輩が、胸の前で手を振る。
「……」
振り返していいのか、解らない。
戸惑っているうちに動き出す電車。
………疲れた。
確かに安藤先輩は、優しい。
だけど……傍にいても、違和感しか感じない。
中学生の頃──同じ学年に一人はいた、カースト下位や施設出身者にも分け隔て無く手を差し伸べる、キングのような人物。でも結局、その人が連むのは上位の人達とばかりで。優しさを売る理由が、周りに良く思われ自分の株を上げる為だと知ったのは……ずっと後の事だった。
落とすとか落とさないとか以前に、私の場合に限っては、そういう事なのかもしれない。
食堂で『俺の彼女』だと宣言した所で、目障りに感じる人はいても、それを鵜呑みにする人なんてきっといない──
カタン、カタタン。
電車の揺れに合わせ、吊革や中吊り広告が揺れる。
意思を持たず、流されるまま全てが同じ角度を保っている事に、滑稽さを感じた。
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