私を抱いて…離さないで

真田晃

文字の大きさ
上 下
53 / 101
第二章 人と、金と…

53.

しおりを挟む

どうして祐輔くんは、ホストになろうと思ったんだろう……


祐輔くんが戻ってくるのを待たず、ホストクラブを後にする。

繁華街に吹く風は、ネオンと車と人の多さのせいか、少し生温かくて濁っている。
汚れた空気を吸っていれば、内側から侵蝕されていき……そのうち汚れていく。
それは、私も同じ。
私の中には、既に黒くて嫌な感情が巣くっている。……多分、施設で過ごしていた時から。ずっと。


「──!」

突然震える、スマホ。
もしかして、祐輔くん……?
取り出し画面を見れば、表示されていたのは……

「……もしもし」
『もしもし。果穂ちゃん?』

安藤先輩。
相変わらずの、マメさに爽やかな声。

『今、何処にいるの?』

街の喧騒。すぐ近くの店で流れている曲が、スマホを当てた耳からも入ってくる。
回線を通した音で。

『後ろ』
「……え」
『後ろ、向いてみて』

言われるまま振り返ってみれば、スマホを耳に当て、此方に手を振る安藤先輩の姿があった。




こじんまりとした、居酒屋。
一品一品書かれたメニューのビラ。店の壁に張られたそれらは、寄れたり薄茶色く変色し、年季が入っている。
座敷席は、懐かしい畳。テーブル席とカウンターの間には、背の低い本棚。取り揃えた漫画も、随分と古い。
カウンター奥では焼き鳥が炭火で焼かれ、その香ばしい匂いとそれなりの煙が店内に広がっていた。

何となく断れなくて、先輩の誘いに乗って食事をする事になったけど……
まさか、こういう……ディープな店に入るなんて、思いもよらなかった。

「ここの焼き鳥、結構美味いんだよね」

たれももの串を、先輩が器用に頬張る。
何となく……勝手なイメージだけど。もっとお洒落な店にしか、行かない人なんだと思ってた。

「……」

でも、そっか。
私は大山さんみたいに、可愛くもお洒落でもないから、そんな気取った所に行かなくてもいい……って事だよね。
たれももの串を取り、静かに一口頬張る。

「──!」

……美味しい。

「どう?」

隣に座る先輩がカウンターに頬杖をつき、私の顔を嬉しそうに覗き込む。
その笑顔は爽やかながら、何処か得意気で。……困る。
こんな、無邪気で子供っぽい表情の先輩……初めて見たかも……

「美味しいでしょ」
「………はい」

とうしよう……
……よく解らない。
何か、胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に込み上げてきて……涙が出そうになるのを必死で堪える。

「遠慮しないで、沢山食べなよ」

私の反応を確認した先輩が、次の串に手を伸ばし、店内に貼られたメニュー表を見上げた。

……どうして。
誰か傍にいて欲しい時に、現れるの?
どうして。
そんなに私に、構ったり……するの……?





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

最愛のあなたへ

夕香里
恋愛
最愛の人から送られ続けていた手紙の最後の一通。それは受取人にとって、複雑な心境になる手紙。意を決して封を開けるとそこには愛が溢れていた。

美人な姉と『じゃない方』の私

LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。 そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。 みんな姉を好きになる… どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…? 私なんか、姉には遠く及ばない…

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

私はアナタから消えます。

転生ストーリー大好物
恋愛
振り向いてくれないなら死んだ方がいいのかな ただ辛いだけの話です。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

処理中です...