51 / 101
第二章 人と、金と…
51.
しおりを挟む
別に、行きたい訳じゃなかった。
でも……このまま本当に帰っていいのかな、という思いはあって。
トイレの個室に入り、閉めたドアにもたれ掛かる。気持ちを落ち着かせようと、深呼吸を数回──した時だった。
カッカッカッ…
ハイヒールの軽快音と共に、人が入ってくる。
「……美麗くんってさぁ、アフターで枕してくれるのかなぁ」
「さぁね。……でも、あの子優しいから。同情でも引いとけば、慰めついでにヤッてくれんじゃない?」
「うん。優しいよね。……あ、虎くんから聞いたんだけど、細客にまで神対応らしいよ」
「はー? 誰なんだよソイツ! チョー迷惑! 超・絶・迷・惑!
……美麗くんに謝れ。もっと貢げ!」
細客。
───私の事だ。
「……」
ドクドクする胸を押さえ、息を殺す。
虎って……もしかして、あの時祐輔くんと一緒にいた人……?
鏡の前に立ち、メイク直しをしているんだろう彼女達は、途切れる事無く会話を続ける。
「あたしが美麗くんなら、そんな奴ポイポイッだわ。一応営業掛けとくけど、もし釣れちゃったら迷惑。ヘルプにずっと繋いで貰って、帰り際にだけベッタリ挨拶してバイバイ、だな」
「……ふふ。それちょっと、可哀想。
でも確かに。短時間でどれだけ売り上げ伸ばせるかでランクが決まる、シビアな世界だもんね。中途半端に上がると、焦って縋りついてくるホストとかいるけど……美麗くんは、変わらず誠実に接してくれるから。私は好き」
「あたしも。応援したくなるよね」
「うん」
「今日はもっと入れよ。……虎に、細客って言われたくないし」
場違いだったのかもしれない。
トイレで話していた二人は、夜の仕事をしているような、派手な風貌をしていた。
……きっと、沢山のお金を注ぎ込んでるんだろうな。美麗くんの為に。
「……」
チープな服装。地味な雰囲気。
細客と言われても、仕方ない。
実際、利用してるのはセット料金だし。
……でも、それが祐輔くんへの思いと比例してしまうのは……嫌だな。
グラスに注がれたオレンジジュース。氷は溶けかかり、上部に薄い透明な層ができていた。
「……果穂ちゃん」
声がして、顔を上げる。
直ぐそこに浮かぶ、祐輔くんの笑顔。
「ただいま。隣、座っていい?」
「………あ、はい」
私の返事を聞き、拳一個分程の距離を空けて、美麗が腰を下ろす。
酒と煙草、化粧品と香水の混ざった臭い。きっと、他の席で付いたものなんだろう。
「ごめんね。折角来てくれたのに、長い事待たせちゃって」
「……ううん」
「オレンジジュースでいい?」
飲みかけのグラスを下げ、新しいグラスに氷を入れる。
他とは違い、殺風景な卓。
細客だと、一目で解る見栄え。
「……あの、少しなら持ってるから……何か頼めないかな……?」
「少しって?」
「お金。……10万くらい」
グラスに、オレンジジュースが注がれる。グラスに色が付いていく間、美麗はずっと黙ったままだった。
その沈黙が、妙に緊迫感を与える。美麗の表情は、変わらず笑顔なのに……
「……前にも言ったけど」
ペットボトルの蓋を閉め、定位置に戻す。
「果穂ちゃんが来てくれるだけで、俺は嬉しいから」
スッと、目の前に出されるグラス。
その所作は、初めて会った時とは違い……無駄がなくて。
美麗の笑顔にも、あの時とは違う何かを感じた。
でも……このまま本当に帰っていいのかな、という思いはあって。
トイレの個室に入り、閉めたドアにもたれ掛かる。気持ちを落ち着かせようと、深呼吸を数回──した時だった。
カッカッカッ…
ハイヒールの軽快音と共に、人が入ってくる。
「……美麗くんってさぁ、アフターで枕してくれるのかなぁ」
「さぁね。……でも、あの子優しいから。同情でも引いとけば、慰めついでにヤッてくれんじゃない?」
「うん。優しいよね。……あ、虎くんから聞いたんだけど、細客にまで神対応らしいよ」
「はー? 誰なんだよソイツ! チョー迷惑! 超・絶・迷・惑!
……美麗くんに謝れ。もっと貢げ!」
細客。
───私の事だ。
「……」
ドクドクする胸を押さえ、息を殺す。
虎って……もしかして、あの時祐輔くんと一緒にいた人……?
鏡の前に立ち、メイク直しをしているんだろう彼女達は、途切れる事無く会話を続ける。
「あたしが美麗くんなら、そんな奴ポイポイッだわ。一応営業掛けとくけど、もし釣れちゃったら迷惑。ヘルプにずっと繋いで貰って、帰り際にだけベッタリ挨拶してバイバイ、だな」
「……ふふ。それちょっと、可哀想。
でも確かに。短時間でどれだけ売り上げ伸ばせるかでランクが決まる、シビアな世界だもんね。中途半端に上がると、焦って縋りついてくるホストとかいるけど……美麗くんは、変わらず誠実に接してくれるから。私は好き」
「あたしも。応援したくなるよね」
「うん」
「今日はもっと入れよ。……虎に、細客って言われたくないし」
場違いだったのかもしれない。
トイレで話していた二人は、夜の仕事をしているような、派手な風貌をしていた。
……きっと、沢山のお金を注ぎ込んでるんだろうな。美麗くんの為に。
「……」
チープな服装。地味な雰囲気。
細客と言われても、仕方ない。
実際、利用してるのはセット料金だし。
……でも、それが祐輔くんへの思いと比例してしまうのは……嫌だな。
グラスに注がれたオレンジジュース。氷は溶けかかり、上部に薄い透明な層ができていた。
「……果穂ちゃん」
声がして、顔を上げる。
直ぐそこに浮かぶ、祐輔くんの笑顔。
「ただいま。隣、座っていい?」
「………あ、はい」
私の返事を聞き、拳一個分程の距離を空けて、美麗が腰を下ろす。
酒と煙草、化粧品と香水の混ざった臭い。きっと、他の席で付いたものなんだろう。
「ごめんね。折角来てくれたのに、長い事待たせちゃって」
「……ううん」
「オレンジジュースでいい?」
飲みかけのグラスを下げ、新しいグラスに氷を入れる。
他とは違い、殺風景な卓。
細客だと、一目で解る見栄え。
「……あの、少しなら持ってるから……何か頼めないかな……?」
「少しって?」
「お金。……10万くらい」
グラスに、オレンジジュースが注がれる。グラスに色が付いていく間、美麗はずっと黙ったままだった。
その沈黙が、妙に緊迫感を与える。美麗の表情は、変わらず笑顔なのに……
「……前にも言ったけど」
ペットボトルの蓋を閉め、定位置に戻す。
「果穂ちゃんが来てくれるだけで、俺は嬉しいから」
スッと、目の前に出されるグラス。
その所作は、初めて会った時とは違い……無駄がなくて。
美麗の笑顔にも、あの時とは違う何かを感じた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる