私を抱いて…離さないで

真田晃

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第二章 人と、金と…

42.あの日の出来事

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* * *


雨の中──
ふらふらと無気力に歩いていた私は、駅に着いてお金が無い事に気付いた。
PASMOにチャージしておくんだった……なんて、どうでもいい事を、疲弊した心の中で呟く。

「……ちょっと君、大丈夫……?」

全身ずぶ濡れの私に、見知らぬ男性が声を掛けた。
親切心からなんだろう……だけど、反射的に身構える。

「えーっと、傘、……よりまず拭くものはぁー、っと。……あー、これしかないけど、使ってよ」

スーツ姿の禿げかかったおじさんが、スラックスのポケットを弄り、寄れた灰色のハンカチを取り出す。

「……ほら」
「……」

ずいと押し付けられる、そのハンカチ。
前髪の毛先から滴り落ちた雫が、その布地に小さな染みを作る。

「……」

……気持ち悪い。
その寄れたハンカチが。
握りしめるおじさんの手が。
気持ち悪い。
汚い。

雨に濡れすぎたせいか。
それとも、このお節介行為のせいか──或いはその両方か。
身体が小刻みに震えて、止まらない。

「顔ぐらい、拭いたら……」
「──い、」

いらない……!

拒否したいのに。
……身体が、声が……震えて……

腕を胸の前で交差させ、鳥肌の立った自身の二の腕をキュッと掴む。
俯いたまま一歩後ろへ下がれば、心配そうにおじさんが顔を覗き込み、一歩前へと同じ距離を詰めてくる。
無遠慮に伸ばされる、手。
僅かに口を開けるものの、そこから何も出て来なくて──

いや……触らないで……
……やだ……


「──果穂!」

良く通った声。
それが、遠くから私に真っ直ぐ届く。
身構えたまま顔を少し上げれば、声に反応して後ろを振り返ったおじさんが視界に映る。
その背後から、スッと現れたのは……

「ごめん。待たせて」
「……」

背の高い、爽やかな顔立ちの──安藤先輩。


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