私を抱いて…離さないで

真田晃

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第一章 初恋の人

35.罠

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* * *


「……君、いくら……?」

それは、大学の帰りに起こった。
駅構内を歩いていると、背後から近寄ってきた男に、そう声を掛けられた。
心臓が、止まりそうになる。

それまで、出会い系サイトで知り合った人との交渉の中でしか、聞いた事のない台詞──もしかしたら、聞き間違いかも。そう思ったけど、確かめずにはいられない。

立ち止まって振り返る。と、すぐ背後に立つスーツ姿の男性と目が合った。
やっぱり、気のせいじゃない。
……まさか、ナンパとか……
それはそれで、初めての事だし。少しくらい有頂天な気分にもなる。
普段から口紅を付ける様になってから、私の中でずっと、昂ぶりが絶えない。

「……えっと、」
「君、ウリやってる娘だよね」
「……え……」
「よくここで、待ち合わせとかしてるの、見てるよ」

二十代後半から三十代前半位の、清潔感漂う男性。その爽やかな笑顔から、こんな台詞が飛び出しているなんて、近くを行き交う人達には、想像もしないだろう。

「二万五千円で、どう……?」
「……え」
「不満なら、もう少し出すけど」

親しみ易い、柔やかな表情。
だけど、その目の奥が真っ黒に見えて……何となく怖い。

「……どうする?」
「………」

男が、言葉巧みに畳み掛けてくる。
私に選択権を与えてはいるけど、拒否権は最初から与えていない。
これは、脅しだ。
もしかしたら、既に私の身辺調査を済ませているのかもしれない……

「じゃあ、そういう事で。……行こうか」

黙っていれば、勝手に話が進む。
まるで知人に偶然会って、いいから遊びに行こうよと、此方の意見も聞かずに引っ張り回すようなノリ。
男が先陣切って歩き出す。私が後から付いてくると、解っているかのように。

「……」

こんなの、断ればいい。
強く断ったって、大丈夫……なのに。

あの目は──怖い。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い……



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