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「──!」

若葉の細い腕が伸び、長く綺麗な指先が僕のフード付きパーカーを抓む。と同時に突き付けられる、鋭い刃先。
引っ張って浮かせた布地を切り裂こうとするそれは──刃渡り10センチ程もある、バタフライナイフ。


「さくらも、脱いで……ほら」


鼓膜に張り付くような、甘く優しい声。
だけどもう……理想の母親像なんかじゃない。心底震えるような冷たい空気が、僕を容赦なく纏う。

「……」

震える身体。震える呼吸。
視界の下部で見え隠れする金属片が、鋭く光を反射する度に──溜まり場のアパートで男達に囲まれ、犯されながら胸元を切り付けられる恐怖と痛みが蘇る。


「……どう、して……」


やっとの事で出せた声は、頼りない程か細く、酷く震えていて。若葉から視線を外せないまま、震える指でジッパーを下ろす。

「どうして、って……?」

口角を吊り上げた若葉の赤い唇が、妖しげにゆっくりと動く。


「……達哉は、僕の全てだったの。達哉さえ傍にいれば、他に何も要らないと思ってた」
「……」
「達哉もそう。……僕達はね、“あの女”の目から逃れて、同じベッドの中で抱き合い、お互いを慰め合って生きてきたのよ」
「……」

“あの女”──って、若葉のお母さんのこと……?
確か、僕と同じように虐げられてたって話をしてた……

「それを、“あの女”が全て壊した。
僕の知らない所で、達哉に女を宛ったせいで……子供を孕ませ、結婚し、達哉は僕から離れていった」
「……」

鋭い刃先に急かされ、一枚、また一枚と服を脱ぐ。

「達哉を奪われた僕は……気がおかしくなりそうだった。半身をもぎ取られるような苦しみが襲い、この身体に流れる血を随分と呪ったわ」

肌を露わにすれば、冷えた空気が容赦なくその表面から熱を奪っていく。
震えながら腰を浮かせ、ズボンに手を掛け下着と一緒に下ろす。

「達哉のいない世界で、生きていく意味なんて無い。──ずっとそう思ってた。
でも、違ってたみたい」
「……」
「アゲハが産まれて、達哉たち三人が泊まりがけで帰省した日──僕は、志津子を犯した」


……え……


「達哉がシてくれる所を想像しなくちゃ……あんな女に勃たなかったけどね」

一瞬、若葉の眉間に深い皺が寄る。
直ぐに表情が戻ると、再び魅惑的な笑みを浮かべながら一糸纏わぬ姿の僕に近付く。片手で僕の肩を掴んで仰向けに倒し、上から顔を覗き込む。と同時にサラサラと肩から流れ落ちる、艶やかな横髪。


「………それで、さくらが産まれたのよ」




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