シンクロ -アゲハ舞い飛ぶ さくら舞い散る5-

菊地編

168.

「……といっても、昼飯食ったら帰んなきゃなんだけどさ。それまでの間なら、どっか希望する所連れてけるから。遠慮しないで言えよ」

向けられる、無駄に爽やかな笑顔。

「……」

五十嵐は、菊地に弱みを握られてるから逃げられない……って言ってた。
身辺調査もされてるって。

僕の場合は、どうなんだろう……
どこまで調べ上げられてるんだろう。
……もしかして、逃げないと解った上で、外出許可を出したんだろうか。


「ていうか、お前。昨日も……されたんだよな。………その、歩けるか？」

気遣うようで解った風な口を利かれ、一気に不快な気分になる。声に、妙な馴れ馴れしさがあるのも手伝って。

「………うん」
「あっ、そういえば服。……お前、服とかいつもどうしてんの？」

ゴミ袋の口を固く縛った五十嵐が、部屋の中をキョロキョロと見回す。

「ていうか。替えの服とかあるのか？……ちゃんと、必要枚数揃ってんのかよ」
「……」
「まさか。ここに来た時のしか持ってない、とか……言うなよ？」
「……そうだけど」
「えっ、マジかよ！」
「……」

特に昼間は出掛ける訳 でもないし。
殆ど一日中、ベッドで横になってるだけだから。タイミングを見て手洗いして、バスルームに干してる。

アパートで独り暮らししていた時も、服は殆ど持ってなかったし。別段不便とは思わなかったけど……
でも、あとワンセットくらいあればいいな、とは確かに思った。

「……んじゃ決まり！　服、買いに行こうぜ！」




白のＴシャツに、デニムのショートパンツ。黒いパーカーもあるけど、重ねて着るにはもう暑い。

まだ余り食事が摂れてなくて、情けないくらいに細い身体。
ショートパンツのウエスト部はもう緩くて。浮き出た腰骨で何とか引っ掛けてる感じ。
そんなに大きくない筈なのに、何だかシャツまでぶかぶかしてる気がする。

ベッド端に座り靴下を履いていると、窓の傍に立って外を眺めていた五十嵐が、突然声を上げた。

「……あ、来たぞ！」

何度か軽快にエンジンを吹かす音。と同時に聞こえるのは、ウーハーの効いたダンスミュージック。
玄関に駆け寄った五十嵐が、勢いよくドアを開ける。
その後に続いて外を覗けば、停まっている車に見覚えがあった。


──電動スライドドアの、ワゴン車。


瞬間、夜景スポットの展望台にあった車に、モルが連れ込まれる光景が思い出された。