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菊地編
144.
しおりを挟む抜けたいの……?
そう聞こうとして、止めた。
仲間意識をより強く持たれそうで。
渡されたミネラルウォーターを口に含むと、タイミング良く彼がペットボトルを奪って蓋を締める。
「……工藤は、さ………嫌じゃないの?」
また唐突に聞かれる。
始終目を泳がせて、落ち着かないのか。握ったままのエコボトルをペコペコと凹ませ、リズムカルに鳴らす。
「その、好きでもない人と……するの」
「嫌だよ」
低い声で即答してやる。
一体、僕を何だと思っているんだ。
キスマークを隠さずに学校に行った事は、何度もあるけれど……だからって、節操のない人間なんかじゃない。
……誰でもいい訳、ないじゃないか。
「嫌なのに、どうして。
……もしかして、今までずっと、そうだったのか……?」
「……」
『抜け出したい。でも抜け出せない境遇は……俺と同じじゃないか』とでも思ってるんだろうか。
……そうやって僕を勝手に枠に嵌めて、解った気になって同情でもするつもり……?
仲間意識……?
……ふざっけんな。
僕とお前は全然違う。
お前には、ちゃんと帰れる場所があるだろ。
「……合意の上じゃない、というか。……樫井秀孝の時も、そうだったのか……?」
向けられた目が、しっかりと僕を捕らえる。
もう、ブレたりなどしていない。上から目線の……単なる、興味……
「……うん、そう。
知らないうちに媚薬飲まされて。思い通りにされて……」
「……そ、っか……」
動揺したように瞳が揺れ、顔を背ける。指の動きも止まり、ペコペコとした不快な音が消えた。
「……こうして話してみないと、解らない事って……あるんだな。
ほら、今はさ、アゲハ王子に……その……」
「僕が迫ったって話?」
「……そう、それ」
真剣な顔をしてズケズケと聞いてくるから、何だか可笑しくなる。
この男は、最初から遠慮ってものが備わってないんだろう。
さっきから不快感が露わになってしまうのは、勝手にパーソナルスペースを踏み荒らしてくるから。
「……実際、どうなんだ……?」
ほら。また無遠慮に聞いてくる。
アゲハの怪我の真相を知りたいだけなんだろうけど……
あの時──若葉の指示で、兄とセックスしなくちゃ殺される所だった……なんて言ったら、どんな顔をするのかな。
少し目を見開いて、「……そっか」って。樫井秀孝の時のように、他人事のように処理されるんだろうか。
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