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菊地編
142.
しおりを挟む少しだけ躊躇し、覚悟を決めたように男が息を吐く。
「………お金、だよ」
「……」
「割りのいいバイト、だからだよ。中学生だと、バイト雇ってくれる所なんて、中々ないだろ」
確かに。
義務教育中の身では、働けない法律でもあるのか。雇ってくれる所は無かった。僕が知る限り。
「実は、先輩のバイク傷つけちゃって。修理代が払えなくてさ。そしたら先輩が、ここを紹介してくれて……」
「……ふぅん」
それ、解っててわざと乗っかった?
それとも……
「工藤は?」
まるで同志を見つけたような瞳を向けられる。学校では、軽蔑した目でしか僕を見ない癖に。
「……エッチな事」
わざとストレートに言ってやる。
今更仲間意識を持たれて、お友達ごっこをするなんて御免だ。
「……えっ、」
予想通り、驚いた顔をして見せる。
「そ、それ……売春……って事……?」
「……違うよ」
「確か、彼氏……いたよね。よく校門の前まで送り迎えしてた……」
懐かしい話を持ち出されて、つい失笑してしまった。
……あー、平和。
これが“普通”なんだな。
僕から見たら“甘ちゃん”みたいに感じるけど。
悪意ある世界を知らない。
きっと、無条件に愛されて育ったんだろう。
僕のような無意味な苦労なんか、一切してなくて。無駄のない、必然な挫折と成長を繰り返して。絶対的な居場所があって。時に手を差し伸べられて……
そうやってこの先も、人生を全うして生きていくんだろうな。
「……あの人は、僕の事を縛ってた……ただの元同居人だよ」
「し、縛ってた……って……」
男が再び僕の手首に視線を向ける。
……あー、もういいや。
話すのが面倒臭くなってきた。
僕の事を知った所で、この人は僕の人生に交わらない類の人間なんだから。
「……さっき、売春じゃないって言ったけどさ……
売春じゃなかったら、どうして、そんな……そんな事……」
遠慮がちながら、遠慮なく聞いてくる。僕は軽く溜め息をつき、奴に視線を向けた。
「どうしてそんな事聞くの?」
「お、脅されてる……とかだったら……」
「だったら?」
「……」
「助けてくれるの?」
──助けられない癖に。
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