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菊地編
140.
しおりを挟む隣の小屋へと案内される。
余り使っていないのか……微かに独特の匂いがした。
造りは先程の部屋と同じ。真ん中にはキングサイズのベッド。その奥には浴室などの水回り。
古臭い柄の壁紙の端がべろんと剥がれ、ヤニ色掛かっている。シーツやカバーはファンシー柄。カーテンはパステルピンク。窓辺には、年季の入った七人の小人の置物。
エロティックは勿論、メルヘンとも殺風景とも程遠い、何ともいえない異様な内装。
「それじゃあ、“工藤くん”を宜しく」
僕をベッドに座らせた吉岡が、案内した男にそう言って肩を叩く。
「……え、えーっと」
「話し相手になってやってよ。……知り合いなんだろ?」
相変わらず飄々とした笑顔を見せ、玄関で靴を履く。
そんな吉岡の姿を見ながら、僕はとても大事な事を思い出した。
「……待って」
「ん……?」
「アゲハの居場所、聞かなくていいの?」
龍成とした、もうひとつの約束。
モルの事は見逃して貰ったんだ……もしアゲハの居場所を告げなければ、ハイジが──
「あー、それね。……別にいいや」
「………」
「類くんやハイジがどうなろうと、僕には関係ないから」
吉岡の言葉に、絶句する。
その表情が可笑しかったのだろう。遠慮のない笑い声を上げる。
「姫って、すぐ顔に出るよね」
「……え」
「自分じゃクールぶってるつもりだけどさ。……よっぽど甘やかされて育ったんだろうね」
「──!」
それは、嫌味だろうか。
カチンと頭にきた後、身体の奥からマグマのように嫌悪感が沸き立つ。
……でも確かに。
この童顔無垢な顔のせいか……家出をする前までは『苦労してなさそうな顔してる』『愛情を注がれて育ったんだね』と言われる事が多かった。
僕は……世間知らずだ。
年齢的なものもあるけれど、世の中の事をまだ知らなすぎる。
だけど、苦労ならそれなりにしてきた。世間一般でいう苦労とは、種類が違うかもしれないけど……
「……昔の、チーム仲間でしょ……?」
「そういうの、関係ないって言ったよね?」
靴を履き慣らした後、吉岡が軽く片手を上げる。相変わらず、嘘臭い爽やかな笑顔を貼り付けて。
「ハイジを何とかしたいなら、菊地さんに頼んでみなよ」
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