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ハイジ編
128.
しおりを挟む冷めた目で僕を見下げながら、龍成が近付く。
僕を庇うようにモルがベッドから降り、龍成の前に立ちはだかった。
「……そ、それは無理ッス。
姫は今、怪我してて……そんな状態じゃ……」
「モル」
「……ぅ、」
龍成の太い片腕が伸び、モルの胸倉を摑んで捩り上げる。
キュッと喉が締まり、顎が上向くと、そのまま引っ張り上げられモルの踵が持ち上がる。
「……さっきから煩ぇんだよ。誰にモノ言ってんだ………あぁっ、!?」
眉尻を吊り上げ目をひん剝いた龍成が、バランスを崩したモルを突き飛ばす。
「テメェ。好きなオンナの前だからって、イキがってんじゃねぇぞ……!」
尻餅を付き、後ろ手で身体を支えたモルが顔を上げる。と、その目の前に、龍成がしゃがみ込む。
「お前にとっちゃあ大事なお姫サマかもしれねぇが……俺にとっちゃあ、単なる駒のひとつでしかねぇんだよ」
その瞳は、無機質なガラス玉のように冷ややかながら、蔑んだ色を濁す。その奥には容赦のない熱を孕み、鋭く尖る。
まるで──獲物を狙う捕食者。
それでも小柄なモルは、ガタイのいい龍成のオーラにも怯まず、鋭い眼光を向ける。
「イキがってなんか、ねぇッス。
……俺にとって姫は、“希望”なんスよ。
その希望を守れるなら、俺はどんな事も受け入れる覚悟ッス」
「………ハッ。言ってくれんじゃねーの」
ガッッ、
片手でモルの喉元を摑み、その細い首にギリギリと太い指が食い込む。
苦しい筈なのに。一切の抵抗も見せず、ただ……睨み付けるだけ。
「……」
そっと、自身の首元に触れてみる。
思い出される……絞められた時の苦しみ。
「俺が死ねって言ったらお前、死ぬ覚悟はあるんだよなァ……」
その横顔が、邪悪なものに満ち満ちていく。
ハイジの過去──施設での出来事を話してくれた時の、龍成の経歴の悪さがふと思い出される。
ハイジが職員を金属バッドで殴った後、更に躊躇なくトドメを刺した辺り……モルに容赦など、しないんだろう。
「……止めろ」
龍成を見据えながら、口を開く。
その声に反応した龍成が、黒眼だけを動かして、僕を刺すように睨む。
「僕が、その世話になったっていう人の所に行くから……モルとハイジを、見逃してよ」
声が、震える。
だけど、僕が何とかしなければ……二人は……
「……度胸あんじゃねぇか。
でもよォ……二人いっぺん、ってぇなると……フェアじゃねぇよなァ……」
モルの首に掛かる手を少しも緩めず、龍成が尖った眼のまま少しだけ此方に顔を向ける。
「もう一つ、条件を飲め」
口角をクッと不気味に吊り上げ、
その唇が動く。
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