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ハイジ編

118.

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何だか酷く疲れて……目を瞑る。

瞼の裏に焼き付いているのは、ハイジの弱々しい眼。肩に残るハイジの涙。


……ごめんね、ハイジ。
僕の事、ずっと想っててくれてたのに。


上擦った呼吸を、ゆっくりとひとつする。

「……」

ハイジが悪いんじゃない。
ストックホルム症候群、というものに陥った僕のせいだ。

………思い、出したんだ。

まだ幼かった僕は、理由も解らず母からの虐待を受けながら──それでも母を、心の底から求めていた事を。


……ごめんなさい。
僕を嫌いにならないで……

好きだよ、お母さん……
……大好きだよ。
どんなに酷い事されたって、僕は、お母さんの事が───


あの時の感覚と、似ている。

母が近付けば、勝手に手足や身体が震えてしまうのに……それを打ち消すかの如く、大好きだと心の中で呟いていた。
呪文のように、何度も何度も何度も何度も……


逃れる為なんかじゃない。
心の底から好きだという感情が自然と沸き上がって、僕の目にいる母が、キラキラと光り輝いて見えた。


小学校に上がった頃だろうか。
一度だけ、スーツを着た男性がうちに訪ねて来た事がある。

冬空の下に、裸のままの子供を長い時間放置していたとの通報があったと、母に説明していた。

今思えば、その人は児童相談所の職員だったんだろう。
首からはプラカード──恐らく身分証明書をぶら下げて、母に名刺を渡していた。

そんな肩書きを持っていながら、身形はとてもだらしなかった。
白髪混じりの頭髪には寝癖が目立ち、襟足は伸び、ネクタイは曲がっていて、スーツは安っぽく草臥れていた。

『少し、お子さんとお話させて貰えませんか』───加えて口調も何処か弱々しく、頼りない雰囲気を醸し出していた。

渋々承知した母は、男性を家の中に招く。

誰もいないリビング。
そこに職員が通され、母に連れられた僕が後から入る。

『少しの間、この子と二人きりにさせて下さい……』──男性が母に軽く頭を下げる。
チラリと僕を見下ろした母は、無言で部屋を出て行った。

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