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ハイジ編
98.
しおりを挟むハァ、ハァ、ハァ……
息を切らせたハイジが、床を押し上げ、背中を反らせながらそっと上体を起こす。
僕が、潰れてしまわないように……
感極まった表情を浮かべ、僕の横髪をそっと撫で梳く。そのまま包み込むように、手のひらを僕の頬に当てる。愛おしむように瞳が緩み、綺麗に持ち上がる口角。
「………早く、さくらと二人暮らし……してぇな」
少しだけ、憂いを帯びた声。
反射光を取り込んだ瞳が潤み、親指の腹で僕の下唇をそっとなぞる。
「堅気の仕事に就いて。生計立てて。
毎日さくらの手料理食って。抱き合って。……キスして、セックスもして……
さくらと、幸せになりてぇ………」
……ハイジ……
胸の奥が、痛いほどに締め付けられる。
僕で……僕がいる事で、ハイジが幸せになるなら………嬉しい。
必要とされる事が、こんなに嬉しいなんて……
瞬きをひとつ、ゆっくりとすれば……目尻から一粒の熱い涙が零れ落ちる。
それに気付いたハイジが唇を寄せ、その涙を吸い取ってくれる。
「………泣くなよ」
「……」
「あぁ、マジで可愛いな……さくらは」
額と額を合わせ、感極まった様子で熱い息を吐く。
身体を重ねたせいか。それまでの殺伐とした空気は、綺麗に消え去っていた。
まだ来ぬ近い将来に思いを馳せ、落ち着いた声色と穏やかなオーラを放つハイジ。
……いつもの、ハイジだ。
そう思うだけで……酷くホッとする。
「そうだ……」
何かを思いついた様子のハイジが、子供のように無邪気な声を上げる。
「二人で飛んだ後……もう『ハイジ』って呼ぶなよ」
「……え」
驚く僕を他所に、髪も黒く染めねぇとな……と、少し残念そうに続けてぼやく。
「……」
確かに、それは勿体ないかも……
黒髪のハイジを想像しながら、ふとそう思う。
じゃあ、ハイジの事……なんて呼べばいいの……?
「………高次」
声、出てたのだろうか。
それとも、ハイジが察して……?
照れ臭かったのだろうか。名前を口にした後、僕から少しだけ視線を逸らす。
「オレの本当の名前……堀川高次、っつーの」
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