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しおりを挟むその瞬間──全身から力が抜け落ちる。
膝から崩れ、尻餅をつき、動こうにも……身体が、動いてくれない。
……もう、だめ……
絶望の淵へと追いやる恐怖。
ぐにゃりと視界が歪み、軽い眩暈に襲われる。
はぁ、はぁ、はぁ……
ジリジリと痺れる脳内。自分を俯瞰しているような、非現実感。
このまま捕まってしまうだろう結末を、妙に受け入れてしまっている自分がいる。
……やっぱり、僕は……
このまま泥の中に沈んでいく、運命……なん──
「──さくらっ、!」
ビクンッ、
厳つい男を羽交い締めにするハルオが、大声で叫ぶ。
その刹那、全ての感覚が身体に宿る。
驚いたもう一人の男が振り返り、床にヘタれる僕と目が合った。
「逃げろ、早く──っ!」
その声に、トンッと背中を押される。
「……」
恐怖で震える手。
もう一度ノブに掛け、ありったけの力を籠めて立ち上がり──
ドアを開けると地面を蹴った。
……はぁ、はぁ、はぁ……
廊下に飛び出して直ぐ、エレベーターのボタンを何度も押す。
だけど、開かなくて。
「……」
辺りを見回し、薄暗い階段を見つけて必死に駆け下りる。
……どうして……
胸の奥が、キュッと締め付けられる。
最後に映ったハルオは、その厳つい男に振り払われ、胸倉を掴まれていた。
束縛し、レイプし、監禁までしたハルオから逃れた僕の前に、ヒーローの如く現れた時は──恐怖と寒気しかしなかった。
一緒に帰ろうと、泣いて縋りつくハルオを軽蔑し、冷たく突き放したのに。
そんなハルオが、まさか……危険を顧みず、僕を逃がそうとするなんて。
「……!」
涙が、溢れる。
歪んだ視界の中に、これまで優しく接してくれたハルオの笑顔が、次々と浮かんでは消えていく。
「……」
なのに僕は、……許せないでいる。
助けて貰ったのに。過去に受けた仕打ちの数々に根を持ち、その優しささえも受け入れられずに突っぱねようとしている。
……本当に僕は、性悪だ。
はぁ、はぁ、はぁ……
一階に辿り着き、エレベーター上部の階数表示板を見れば、1の数字で止まり、チャイムが鳴ってドアが開こうとしていた。
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……
眩暈がする。
身体に力が入らないし、膝が笑って……上手く走れそうにない。
──でも、逃げなくちゃ。
袖口で涙を拭い、唇をキュッと引き締めると、膝に力を入れ地面を蹴り出す。
何処までも続く闇夜。
その暗闇の中を、僕はただ只管に走り抜けるしかなかった。
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