闇夜 -アゲハ舞い飛ぶ さくら舞い散る3-

真田晃

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その瞬間──全身から力が抜け落ちる。

膝から崩れ、尻餅をつき、動こうにも……身体が、動いてくれない。


……もう、だめ……


絶望の淵へと追いやる恐怖。
ぐにゃりと視界が歪み、軽い眩暈に襲われる。

はぁ、はぁ、はぁ……

ジリジリと痺れる脳内。自分を俯瞰しているような、非現実感。
このまま捕まってしまうだろう結末を、妙に受け入れてしまっている自分がいる。


……やっぱり、僕は……

このまま泥の中に沈んでいく、運命……なん──



「──さくらっ、!」



ビクンッ、
厳つい男を羽交い締めにするハルオが、大声で叫ぶ。
その刹那、全ての感覚が身体に宿る。
驚いたもう一人の男が振り返り、床にヘタれる僕と目が合った。



「逃げろ、早く──っ!」



その声に、トンッと背中を押される。


「……」

恐怖で震える手。
もう一度ノブに掛け、ありったけの力を籠めて立ち上がり──

ドアを開けると地面を蹴った。





……はぁ、はぁ、はぁ……

廊下に飛び出して直ぐ、エレベーターのボタンを何度も押す。
だけど、開かなくて。

「……」

辺りを見回し、薄暗い階段を見つけて必死に駆け下りる。


……どうして……

胸の奥が、キュッと締め付けられる。
最後に映ったハルオは、その厳つい男に振り払われ、胸倉を掴まれていた。

束縛し、レイプし、監禁までしたハルオから逃れた僕の前に、ヒーローの如く現れた時は──恐怖と寒気しかしなかった。
一緒に帰ろうと、泣いて縋りつくハルオを軽蔑し、冷たく突き放したのに。

そんなハルオが、まさか……危険を顧みず、僕を逃がそうとするなんて。

「……!」

涙が、溢れる。
歪んだ視界の中に、これまで優しく接してくれたハルオの笑顔が、次々と浮かんでは消えていく。

「……」

なのに僕は、……許せないでいる。
助けて貰ったのに。過去に受けた仕打ちの数々に根を持ち、その優しささえも受け入れられずに突っぱねようとしている。

……本当に僕は、性悪だ。





はぁ、はぁ、はぁ……

一階に辿り着き、エレベーター上部の階数表示板を見れば、1の数字で止まり、チャイムが鳴ってドアが開こうとしていた。


ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……

眩暈がする。
身体に力が入らないし、膝が笑って……上手く走れそうにない。


──でも、逃げなくちゃ。


袖口で涙を拭い、唇をキュッと引き締めると、膝に力を入れ地面を蹴り出す。

何処までも続く闇夜。
その暗闇の中を、僕はただ只管に走り抜けるしかなかった。


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