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ざわざわ、がやがや……

出口の扉は、直ぐそこなのに。その近くには、スタッフらしき人物が立っていて……飛び出す勇気が持てない。

仕方なく、応接間のソファに怖ず怖ずと腰を掛ける。と、前方からポニーテールを揺らした女子高生が現れる。
無表情。大人びていて、落ち着き払った雰囲気。この世の全てを諦めきったような、とても冷めた目つき。

「……」

この人も、撮影に来たんだろうか。
僕の傍らに近付くと、プラスチック製のカップホルダーにセットされた紙コップを、スッとテーブルに置く。


「逃げるなら、今」


屈んだ瞬間、囁かれる声。抑揚がないせいか、予めプログラミングされたロボットのよう。

「あんたを、助けたいらしい」
「……ぇ」

太くて長い付け睫毛が僅かに伏せられ、彼女の視線がチラリとドアへと向けられる。誘導され、振り返りながら其方に目を向ければ、視界に映ったのは──高身長のハルオ。


「──!」


ドア付近に立っているスタッフに話し掛け、その場から遠ざけようとしていた。

「あたしはただ、言付けるよう頼まれただけ」

水神に負けず劣らず、感情のない冷めた声でそう言い放つと、彼女はスッと立ち去っていった。


「……」

やっぱり……ハルオは、ここで……

複雑な思いに駆られながら、ハルオと共に撮影場所へと捌けていく男性を目で追う。
周りの様子を窺えば、ドア付近ががら空きになっている事に、まだ誰も気付いていないよう。


──いま、しかない……!


ドクン、ドクン、ドクン……

なるべく頭を低くし、身を縮めて一歩踏み出す。胸の辺りの布地を掴み、やたらと暴れ回る心臓を抑えながら。



ガチャ、……ガチャガチャ、
ドアに到達し、ノブに手を掛ける。が、なかなか開かない。

……早く……
早く、しないと……

焦る指が、思うように動かなくて。小刻みに震えながらも、やっとの事で鍵の抓み部をつまむ。


──カ、チャンッ、


想定以上に響く、解錠の音。

ビクンッと身体が大きく震え、血の気が引く。
背後に集中する意識。何となく感じる、人の気配。
絶望にも似た恐怖に駆られながら、怖ず怖ずと……振り返る。


ざわざわ、ざわざわ……


「……」

……気のせい、だった。
異様な空気を取り巻くこの空間で、解錠の音はおろか、逃げだそうとする僕の存在をも認識などしてはいなかった。

もう一度、ハルオの方へ目をやる。と、その横を、一人の厳つい男性がすれ違う。異変に気付いたかのように。此方へと、足早に向かって。



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