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しおりを挟む「……でも、実際には……肉眼で見えないですよね」
ぼそっ、と唇から本音を漏らす。
街灯りの少ない場所から見上げても、こんなに沢山の星なんて見た事がない。
望遠鏡でも使わない限り、光の弱い小さな星なんて……見える筈がない。
「いいや。そんな事はないよ」
その言葉を、しなやかな力強い声で打ち消される。
「ずっと昔……まだ僕が小さかった頃にね。父の船に乗って、大海原に出た事があるんだよ。当たり前だけど、夜は街のような灯りも無くて。辺りは本当に真っ暗闇で、怖かったのを覚えてる。
でも。その中で見上げた空は、驚く程沢山の星が煌めいていて。
……綺麗だったな。吸い込まれるような、迫ってくるような。そんな星空だったんだ……」
「……」
その声は、優しくて。
僕の頭の中に、見たことのない無数の星空が広がる。
「人々の文明が栄えて、街にはネオンで溢れて。見えにくくなってしまったけど。星はずっと、変わらずそこにあるんだよ」
「……」
そんなの、知ってるよ。
チラリと横目で見れば、その視線に気付いた先生が目を細める。
「それは何も、星に限った話じゃない。……工藤くん、目に見えるものが全てじゃないんだよ」
パチン
言い終わると共に、照明が付けられる。
それまで見えていた沢山の光が一瞬で消え、もう見えない。
「……」
それは、どういう意味ですか……
先生の意味深な言葉に不安を覚え、視線でその疑問をぶつける。
「目に見える側面……つまり、固執した考えにばかりに囚われていると、物事の大切な本質を見失ってしまう」
「……」
「もし君が今、辛く苦しい暗闇の真っ只中にいるのなら、目を背けないで欲しい。……きっと、今まで見えなかったものが見えてくる筈だよ」
「……」
今まで、見えなかったもの……
その刹那、ビー玉のような冷たい眼を向ける竜一の姿が脳裏に浮かぶ。
「……って。余計なお節介だったかな?」
そう言って眼鏡の奥に潜む目を細め、砕けたような笑みを溢す。
「今、君が何に悩んでいるかは解らないけど。そんなに悲観しないで欲しい」
「……」
何故だか解らない。
ふわりとした先生の雰囲気に触れている内に……ずっと抱えていた不安のようなものが、少しだけ和らいだような気がした。
寄り道をした帰りに、夜空を見上げる。
街灯のせいで薄らと白い膜のようなものが張られたそこには、やはり星は殆ど見えない。
『またおいで』──教室を出る時、先生はそう言ってくれた。
妖しげに光る街の頭上にも、煌びやかな星々は変わらずそこにある。
例え僕がどんなに汚れた姿になろうとも。先生は変わらず、僕に優しく微笑んでくれるんだろうな……なんて、思ってしまった。
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