闇夜 -アゲハ舞い飛ぶ さくら舞い散る3-

真田晃

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……何で、僕がこんな事……

そう思いながらも腕まくりをし、集められた丸底フラスコやビーカー、試験管、ガラス管等を冷たい水で洗う。
その間に先生は、スタンドを化学準備室へと運んでいた。



「お疲れ」

全ての片付けが終わると、教師は席に着くよう促す。洗い場に近いテーブルの椅子を引いて腰を下ろせば、湯気の立つ、キャラメル色の液体が入ったビーカーを差し出される。

「……ぇ、」

ふわっと香る、甘くてほろ苦い匂い。
それだけで解る。……珈琲だ。

戸惑いながら両手で受け取ると、教師がクスクスと笑う。目尻に深い笑い皺が入り、より柔らかで優しげな印象を与えた。

「これで飲んだって事は、内緒ね」

そう言いながら、立てた人差し指を自身の唇に押し当てる。

「……」

片手で椅子を引き、先生が僕の隣に座る。もう片方の手には、湯気の立つ白無地の珈琲カップ。
中身はブラックらしい。先生からほろ苦い香りが漂う。

「……工藤は、学校嫌い?」
「え……」
「嫌いっていうか。来づらいって言った方が、いいのかな?」

首を少しだけ傾げた先生が、自身の首筋を指差す。
その瞬間、かぁっと羞恥で顔が熱くなる。そんな僕を見て、先生がまた屈託のない笑顔を浮かべた。

「噂は色々、聞いてるよ。……ヤンチャな男の子と連んだり、大学生位の男性と同伴登校したり。
その度に、新しい印が付いているのを見掛けてしまうから……きっと皆、色んな想像を掻き立てられてしまうのかもしれないね」
「……」
「真実なんてものは、その本人にしか解らない筈なのに」
「……」

突かれたくない所を突かれて、嫌な感覚が襲う。知ったような口を利かれた事で、反発心みたいな感情までもが渦巻く。

だけど……何でだろう。
薄い眼鏡の奥にある瞳には、優しげな色を含んでいて。悪意など微塵も感じられない。

柔らかく、掴み所のない不思議な空気感。それが、いつしか僕を優しく包み込み……ほんの少しだけ、息がしやすくて。次第に警戒心が解けていく。

「もし教室に居づらかったら、いつでもここにおいで」
「……」
「ね」

そう言って、まだ湯気の残るカップを持ちながら、屈託のない柔らかな笑顔を僕に見せる。






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