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しおりを挟む──まさか!
まさか、そんな……
その声が、僕の心臓を鷲掴み、容易く身体を震え上がらせる。
森崎を力尽くで退かす長身の男。奴を床に転がし、胸倉に掴み掛かる。
「……これは、公然わいせつだ! いい大人が、人前で何やってるんだよ!」
「──!」
その言葉に、初めて森崎の黒眼が忙しく動く。
「出て行け。もう二度と、さくらに近付くな。……さもなくば、警察を呼ぶぞ!」
ピンと張り詰める空気。
一斉に集中する視線。
強面の相手に立ち向かうその様は、まるで『正義のヒーロー』。
周りからはきっと、そう見えるんだろう。
だけど──
「大丈夫だよ、さくら」
森崎から手を離し、穏やかな笑みを僕に向ける。
悪びれる様子も無く。これまでの事など、まるで無かったかのように。
「……」
……どうして、ここに……
何で……ハルオが……?
息が、できない。
開ききった瞼を閉じる事も忘れ、ハルオをじっと見つめる。動揺する僕を余所に、優しげな瞳を潤ませたハルオが手を伸ばす。
「もう、大丈夫だから。……安心して」
「……」
「これからは、俺がさくらを養っていくよ。
だからさくらは、無理して身体を売らなくていい。……これ以上、傷つく事はないんだよ」
まるで、迷い猫との再会を喜ぶ飼い主のように。僕をそっと抱き寄せ、耳元で諭すように囁きながら、感極まったハルオの腕に力が篭もる。
「……」
……なに、言ってるの……?
外耳を通り、脳へと伝うその言葉に──理解が及ばない。
……僕が……身売り……?
ハルオの肩口から、身体を起こした森崎の姿が目に映る。
苦虫をかみつぶしたような渋い顔。此方の様子を窺いながら立ち上がり、取り出した携帯を耳に当てその場を立ち去る。
「……」
本能的に身体が戦慄くだけで、動けない。
息が、苦しい。
鈍器で頭を殴られたように、脳内がズキンと痛み……眩暈さえ、する。
……助けて……誰か……
そう思うのに、声が出ない。
視界に映る客達は、興味を失せたように各々視線を外していく。
カウンターの奥にいる若い店員までもが、事が収束したと感じ取ったようで……
「……」
僕はまた、ハルオの重い鎖に……囚われてしまうんだろうか。
そう思った瞬間、首筋にヒヤリとした感触が纏わり付いたような気がした。
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