8 / 56
8.羞恥と恐怖
しおりを挟む
×××
川面に落ちたさくらの花びらは、このまま流されていくしかないのか──
もしそれを掬って、愛でてくれる人がいたとしたら……僕はもう、自由に空を舞えなくてもいい。
多分僕は、アゲハに見せつけたかったのかもしれない。
眩い世界から伸ばされるだろう手を頼らなくとも、自分一人の力だけで立ち上がり、この暗闇から出て行けるのだと……
*
駅前の公衆電話から、名刺に書かれた電話番号に掛ける。水神の言っていた通り、話は通っていて。電話口で『工藤さくら』と名乗っただけで、プロデューサーの方から会ってみたいとの返答を貰った。
待ち合わせ場所は、繁華街にある純喫茶。入口の看板から昭和レトロな雰囲気が漂い、何だか少し敷居の高さを感じてしまう。
ドアを開けると、チリンチリンと鳴り響く鈴音。店内に一歩踏み込めば、そこは別世界……忙しい日常から切り離され、ゆったりとした空気が漂う。落ち着いた照明。落ち着いたジャズ。常連客らしき人々が、静かに珈琲を嗜んでいる。
でも僕は、このまったりとした空気に堪えられそうになく。ガラス窓の向こうで忙しく行き交う人々を眺めていた。
「君、工藤さくらくん?」
オレンジジュースだけでやり過ごしていた僕に、誰かが近付いて話し掛ける。
「……え、はい……」
「森崎です。初めまして」
そう言って笑いかけたのは、中年の男性──細身で低身長。五分刈の金髪。狐眼。薄く生えた無精髭。
赤にゴールドの刺繍が入ったスカジャン姿は、プロデューサーとは思えない程品が無く、オーラの欠片もない。
「……ふぅん。シンが言うだけの事は、あるねぇ……」
独りごちながら対面に腰を掛け、両腕をテーブルにのせると僕の顔をまじまじと見つめる。
「……」
鋭く尖る小さな目。前のめりになった森崎の手が伸び、僕の顎先に指を掛ける。そしてクイッと持ち上げると、僕の胸元から頭の天辺までを何度も舐めるように見る。その小さな細い目を凝らしながら。
「……」
……何、これ……
張り付くような視線。
輪郭を添うようにゆっくりと動くその黒目に、全ての衣服を剥がされ……視姦されてるようで。
「……よし、合格だ」
顎先から指を外し、森崎がそう言い放つ。
「え……」
「今から撮影を行う」
何の説明もなく森崎が突然席を立ち、僕の二の腕を掴んで引っ張り上げる。
「……え、ちょっと待って下さい。撮影って──」
「ん?」
それに抵抗を見せれば、森崎の片眉がピクリと動く。
川面に落ちたさくらの花びらは、このまま流されていくしかないのか──
もしそれを掬って、愛でてくれる人がいたとしたら……僕はもう、自由に空を舞えなくてもいい。
多分僕は、アゲハに見せつけたかったのかもしれない。
眩い世界から伸ばされるだろう手を頼らなくとも、自分一人の力だけで立ち上がり、この暗闇から出て行けるのだと……
*
駅前の公衆電話から、名刺に書かれた電話番号に掛ける。水神の言っていた通り、話は通っていて。電話口で『工藤さくら』と名乗っただけで、プロデューサーの方から会ってみたいとの返答を貰った。
待ち合わせ場所は、繁華街にある純喫茶。入口の看板から昭和レトロな雰囲気が漂い、何だか少し敷居の高さを感じてしまう。
ドアを開けると、チリンチリンと鳴り響く鈴音。店内に一歩踏み込めば、そこは別世界……忙しい日常から切り離され、ゆったりとした空気が漂う。落ち着いた照明。落ち着いたジャズ。常連客らしき人々が、静かに珈琲を嗜んでいる。
でも僕は、このまったりとした空気に堪えられそうになく。ガラス窓の向こうで忙しく行き交う人々を眺めていた。
「君、工藤さくらくん?」
オレンジジュースだけでやり過ごしていた僕に、誰かが近付いて話し掛ける。
「……え、はい……」
「森崎です。初めまして」
そう言って笑いかけたのは、中年の男性──細身で低身長。五分刈の金髪。狐眼。薄く生えた無精髭。
赤にゴールドの刺繍が入ったスカジャン姿は、プロデューサーとは思えない程品が無く、オーラの欠片もない。
「……ふぅん。シンが言うだけの事は、あるねぇ……」
独りごちながら対面に腰を掛け、両腕をテーブルにのせると僕の顔をまじまじと見つめる。
「……」
鋭く尖る小さな目。前のめりになった森崎の手が伸び、僕の顎先に指を掛ける。そしてクイッと持ち上げると、僕の胸元から頭の天辺までを何度も舐めるように見る。その小さな細い目を凝らしながら。
「……」
……何、これ……
張り付くような視線。
輪郭を添うようにゆっくりと動くその黒目に、全ての衣服を剥がされ……視姦されてるようで。
「……よし、合格だ」
顎先から指を外し、森崎がそう言い放つ。
「え……」
「今から撮影を行う」
何の説明もなく森崎が突然席を立ち、僕の二の腕を掴んで引っ張り上げる。
「……え、ちょっと待って下さい。撮影って──」
「ん?」
それに抵抗を見せれば、森崎の片眉がピクリと動く。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる