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8.羞恥と恐怖

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川面に落ちたさくらの花びらは、このまま流されていくしかないのか──

もしそれを掬って、愛でてくれる人がいたとしたら……僕はもう、自由に空を舞えなくてもいい。


多分僕は、アゲハに見せつけたかったのかもしれない。
眩い世界から伸ばされるだろう手を頼らなくとも、自分一人の力だけで立ち上がり、この暗闇から出て行けるのだと……







駅前の公衆電話から、名刺に書かれた電話番号に掛ける。水神の言っていた通り、話は通っていて。電話口で『工藤さくら』と名乗っただけで、プロデューサーの方から会ってみたいとの返答を貰った。

待ち合わせ場所は、繁華街にある純喫茶。入口の看板から昭和レトロな雰囲気が漂い、何だか少し敷居の高さを感じてしまう。
ドアを開けると、チリンチリンと鳴り響く鈴音。店内に一歩踏み込めば、そこは別世界……せわしい日常から切り離され、ゆったりとした空気が漂う。落ち着いた照明。落ち着いたジャズ。常連客らしき人々が、静かに珈琲を嗜んでいる。
でも僕は、このまったりとした空気に堪えられそうになく。ガラス窓の向こうで忙しく行き交う人々を眺めていた。


「君、工藤さくらくん?」

オレンジジュースだけでやり過ごしていた僕に、誰かが近付いて話し掛ける。

「……え、はい……」
「森崎です。初めまして」

そう言って笑いかけたのは、中年の男性──細身で低身長。五分刈の金髪。狐眼。薄く生えた無精髭。
赤にゴールドの刺繍が入ったスカジャン姿は、プロデューサーとは思えない程品が無く、オーラの欠片もない。

「……ふぅん。シンが言うだけの事は、あるねぇ……」

独りごちながら対面に腰を掛け、両腕をテーブルにのせると僕の顔をまじまじと見つめる。

「……」

鋭く尖る小さな目。前のめりになった森崎の手が伸び、僕の顎先に指を掛ける。そしてクイッと持ち上げると、僕の胸元から頭の天辺までを何度も舐めるように見る。その小さな細い目を凝らしながら。

「……」

……何、これ……

張り付くような視線。
輪郭を添うようにゆっくりと動くその黒目に、全ての衣服を剥がされ……視姦されてるようで。


「……よし、合格だ」


顎先から指を外し、森崎がそう言い放つ。

「え……」
「今から撮影を行う」

何の説明もなく森崎が突然席を立ち、僕の二の腕を掴んで引っ張り上げる。

「……え、ちょっと待って下さい。撮影って──」
「ん?」

それに抵抗を見せれば、森崎の片眉がピクリと動く。


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