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……そう、だよね。
今までの事を考えれば、幾ら今のハルオが穏やかだったとしても……話しちゃ駄目だ。
兎に角、今日を乗り切る事だけを考えなくちゃ。

「……」







アパートに戻り、パチンと部屋の灯りを付ける。
先に上がったハルオがエアコンの暖房を付け、キッチンに戻ると食器棚からティーカップをふたつ取り出す。

「……紅茶で良かったよね」
「うん……」

遠慮がちに答えながら、床に置かれたショルダーバックを拾って引き戸の奥へと足を踏み入れる。

暗くて寒い部屋。
その闇を分断するように、細く射し込んで伸びる光。その上を音を立てずに歩く。
だけど、自分の影がその光を遮ってしまって──上手く歩けない。


「さくら」


直ぐ近くで聞こえる声。
僕の影をも飲み込む、大きくて長い影。
それらが背後から迫り、ビクンッと大きく肩が跳ね上がる。

「今日、何処行ってたんだい?」
「……え」

視野の左右から伸びた両腕が、硬直する僕の身体にしっかりと巻き付けられる。不穏な空気を纏うその台詞に、戸惑いを隠せない。

「……何処って、学校……」
「海に、行ってたんじゃないのか?」

……え……
どうして……

動けずにいる僕の後ろ髪を鼻先で掻き分け、項へと近付く。


「……!」


……まさか……潮の匂いが……?!

思い出されたのは、校門前で抱き付かれた時の光景──僕から身体を離し、間近で顔を合わせたハルオの眼が、憂いを帯びていて……

「誰と行ってたんだ。学校の友達とか? それとも──」

スッ、
眼前に出されたのは、折り目の付いた白いメモ帳。その中央部分がえんぴつで黒く塗りつぶされ、筆圧で凹んだ部分が白く浮き上がっていた。


「こいつと、か……?」


羅列する11桁の数字──凌の、携帯電話。


「……!」


瞬間、サッと血の気が引く。

迂闊だった。そこまで気が回っていなかった。
一体いつから、気が付いていたんだろう……

「……ちが、」

小さく頭を横に振りながら、目を伏せる。

「嘘つけ! コイツと連絡取り合って、会っていたんだろ──?!」

二の腕を掴まれ、グイと強く引っ張られる。その反動で、身体毎ハルオの方へと向けさせられる。


「……この相手は、誰だ……」


……え……

苦しそうに吐き出されるハルオの台詞に、驚きを隠せない。
この携帯番号が誰なのか、皆目見当が付かないようだ。


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