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物理的な解放──だけど、完全に解放された訳じゃない。
ハルオの足元にあるショルダーバックは、ハイジがくれた……僕にとって大切なもの──


『………それは、諦められへんの?』

ザザザ……
打ち寄せる波の音が、ざわざわと胸を大きく震わせる。

『え……』

海面から吹き上げる突風。乱された横髪を指で梳きながら、耳に掛けて整える。

『いつ襲われるか解らんのやろ? もう戻らん方が、ええんとちゃう?』

優しくも、しっかりと芯のある声。
柔和ながら、真っ直ぐ僕に向けられる真剣な眼差し。


……解ってる。
そんなの、解ってるよ。

それでも、取りに戻りたかった。
ハイジのものまで手放してしまったら、もう二度と逢えないような気がしたから──



──チャリン、
硬貨が投入された音がし、直ぐに軽快なリズムが流れてハッと我に返る。
ボタンに指を掛け、クレーンを動かしたハルオが、獲物を狙いながら僕の背後に左腕を回す。

「……いけるかも」

出っ張ったゲーム台の端にその手が掛けられ、僕の身体を囲い込む。

「……」

直ぐ隣で感じる、ハルオの気配。息遣い。近すぎる距離に、昨夜の出来事が容易に蘇り……身体が小刻みに震えてしまう。


かこん、

「……うわ。一発で取れた!」

左手が外され、身を屈めたハルオが落とした景品を取り出す。

「それも、二個同時だよ!?……俺、実は凄い?」

ピンクと黒の景品を掲げ、無邪気に燥ぐハルオ。くしゃっと笑うその表情は、本当に嬉しそうで。

「……」

これが、本来のハルオなのかな……
そう思ったら、急に居心地が悪くなる。真面にその顔を見られなくて、スッと視線を落とす。
蟠るこの感情が一体何なのか。よく解らない。でも、ハルオが感じている喜びを分かち合う事はできなくて。……いたたまれない。

「さくら」
「……」
「合鍵、出して」
「……うん」

ハルオに言われるまま、床に置かれたショルダーバックから色気のない裸の鍵を取り出す。それをハルオに渡せば、ピンク色のキーチェーンにカチンと取りつけられた。


「……はい」


僕の手を取り、そっと手のひらに鍵の付いたキーチェーンが載せられる。

「……」

明日には必要のない代物。それを、躊躇いながら見つめる。

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