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しおりを挟む「……ほんで?」
頭を撫でる手が止まる。
「俺に、どうして欲しいねん」
一度離れた手が前髪と額の間に差し込まれ、大きく掻き上げられる。
怖ず怖ずと視線を上げれば、口角を持ち上げた凌が、眼を細めて僕の顔を覗き込む。
「さくらちゃんは、何が望みなんや?」
「……」
優しくて、穏やかな口調。
一瞬。明るい笑顔の向こうから、眩い光が差し込んできたように感じて。思わず塞いでしまった瞼をゆっくりと持ち上げれば……視界の真ん中に映る真っ直ぐな瞳に、心が惹き込まれてしまう。
「……ハルオの知らない所で、一人暮らし……したい……」
小さく唇を動かし、胸の内を吐露する。
非現実的で都合のいい、夢みたいな望み。
中学生の僕が、アパートを借りて自立した生活を送れる筈がない。そんなの、解ってる。……けど、心の何処かでそう願ってしまう。
「──なら、うち来る?」
え……
ザザザーッ
湿気を含んだ冷たい潮風が吹き、僕の髪を乱す。その横髪を丁寧に指で梳き、綺麗に整えてくれた凌が、見上げたままの僕に笑いかける。
「行動制限されてもうてんやろ?
ほんなら、友達と遊びにも行かれへんし……何より、自立する資金が稼げんやろうからなぁ」
「……」
そう言いながら持っていた缶コーヒーのプルタブを上げ、くいっと飲む。
風に靡く髪。揺れるチェーンピアスが、時折陽射しに当たってキラキラと光る。
「……その、バイトなんですが……」
ペットボトルを持つ手の指先に力が篭もる。
「中学生でもできるアルバイトって、ありますか……?」
質問をすれば、凌がチラと視線を向ける。缶コーヒーを隣に置くと、両手を付いて天を仰ぐ。
「……そうやった。中学生はアルバイト、法的に禁止や」
「……」
「まぁ、例外もあるんやけどな。……俺の知っとる仕事は、さくらちゃんにはオススメできひんわ」
眉尻を下げた顔を向け、凌が苦笑いを浮かべて見せる。
「俺な。こー見えて、風俗関係の仕事やっててん」
「……え……」
風俗──瞬間、ホスト姿のアゲハと黒尽くめの竜一が脳裏に浮かぶ。
……そっか。
だから、人当たりがいいのか。
ピアスも刺青も、反社の雰囲気も……夜の仕事をしているのなら、全て合点がいく。
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