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洗い物を済ませ、着がえを持ってバスルームへと向かう。
ハルオと色違いの、カップル用ルームウェア。少しだけ感覚が麻痺してきたとはいえ、未だに抵抗感はある。


『ハルオにはちゃんと、特定の相手がいるみたいで』──凌に言った台詞が、ふと思い出される。

小柄で少し気の強い、ハルオのセフレ。
ずっと恋人だと思っていたらしい彼は、突き放すようなハルオの態度に不貞腐れて出ていった。勘違いさせてしまうから、という理由でハルオは追い掛けなかったけど。……その後、彼とはどうなったんだろう。
初対面の僕に、棘のある態度で嫌な言い方をする人だったけど。あの人が、今も変わらず通い妻をしてくれていた方が、まだマシだったのかもしれない。


熱い湯船に足を入れ、ゆっくりと沈む。冷えた身体に染み渡り、指先にまで血液が押し流されてジンジンと痺れる。
手のひらを広げ、視線を落とす。と、その視野に映るのは──無数に刻まれた、胸元の鬱血痕キスマーク


「……!」


瞬間──否応なく蘇る記憶。
胃の中のものが迫り上がり、浴槽の縁に両腕を掛け、洗い場の方へと頭を突き出す。


はぁ、はぁ、はぁ、……

大丈夫……
……もう、終わったんだ。


酷く咳き込み、上擦るような呼吸を何度も繰り返す。気休めの言葉を何度も心の中で唱えながら、速くなる心臓の鼓動を何とか沈めようとする。


……大丈夫。
もう、二度と起こらない……

人通りの多い道を選んで歩いているし。もし声を掛けられても、今度は絶対逃げられる。

根拠なんてないけど。
……でも、次は絶対──

「……」


……ふわっ、


頭にのせられる、大きな手の感覚。

アゲハによく似たその温もりが、ぽんぽんと柔らかく弾む。


「……」


たった、それだけで。
凌にされた、その行為が思い出されただけで。
恐怖が薄れていき、乱れた呼吸が整っていく──



「──さくらっ、!」

ガチャン、と音がし、浴室のドアが勢い良く開かれる。

驚いて見れば、血相を変えたハルオが、息を切らしながら僕をじっと見ていた。

「大丈夫か?!……今、苦しそうな声がしたけど」

「……!!」


──バチャンッ、
慌ててハルオに背を向け、肩まで沈む。

「……平気……」

先程とは似て非なる、速い鼓動。震える声。背を丸め、ハルオに対して警戒心を露わにする。

「本当に、大丈夫か? 何か、手助けできる事があるなら……」
「──いらないっ、」

喉奥から声を絞り出し、全身で拒否する。再び上擦る呼吸。
玄関先で抱き締められた時のように、身体中が小刻みに震えて止まらない。

「………っ、解った」

パタン。
静かにドアが閉まり、ハルオの気配が消える。

「……」

あっけなく引き下がったハルオに、ホッとしながらも……指先が痺れ、感覚が無くなっていくのが解った。


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