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「……落ち着いた?」
「え……」

ハッと我に返り、焦点を凌に合わせる。

優しくて、穏やかな表情。
視線を外し、繋がれた手を見れば……いつの間にか震えは止まっていた。

「……うん……」
「なら、よかったわ」

そう言って離した手を、そっと僕の頭の上に乗せる。


ぽん、ぽん……

柔らかく弾む、手のひら。
真っ直ぐ向けられる、優しい笑顔。


「……」


……本当に、不思議。

この人に触られても……全然、嫌じゃない……
寧ろ、まだ僕が好きだった頃のアゲハの手の温もりに似ていて……心地良い。


この人が、アゲハだったら良かったのに──



「にしても、さくらちゃん。ホンマに可愛ぇなぁ……
な、俺と仲良ぅしてや。スマホ、持っとる?」

手を離した凌が、ぱっと華が咲いたような明るい笑顔を見せる。

「……ううん」
「あぁ、マジか。……なら、俺の番号教えとくわ。
何かあったら……あ、何も無くてもかまへん。電話してや」

そう言いながら凌が、ソファに掛けてあったブルゾンの内ポケットから名刺入れを取り出す。が、蓋を開けた手が止まり、直ぐに仕舞ってしまう。

「今、名刺切らしてもうてん。堪忍やけど、紙と書くもん貸してくれへん?」
「……あ、うん」

立ち上がり、寝室へと向かう。
授業で使うノートの端にでも書いて貰おう。……そう思っていた矢先、部屋に入って直ぐにある小さなデスクに、閉じたノートパソコンと共に、ペン立て用のメモ帳と転がったボールペンが目についた。


「これで、いい?」

部屋に戻り、それらを凌に渡す。
「サンキュ」と言って受け取った凌が、テーブルの端にそのメモ帳を置くと、サラサラとペン先を走らせる。

「ホンマに、なんも用無くても掛けてきてええからなぁ。さくらちゃんになら、イタ電も大歓迎や!」

そう言って書いた紙をペリッと剥がし、僕に渡してくれる。

「……」

11桁の数字の下に、『Ryo.』の文字。
冗談を交えた凌の軽い言葉と、人当たりの良い柔らかな笑顔が、スッと抵抗なく僕の中に浸透していく。

「……うん」

この紙切れ一枚のように。
ずっと心に重くのし掛かっていた不安が、軽くなったような気がした。



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