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エピローグ 夢幻の梅雨
細い雨
しおりを挟むサァァ───
しとしとと、降り注ぐ雨。
道端のあじさい。幾つもの水たまり。
そこに広がる、小さな波紋達。
空を覆う厚い雨雲。薄暗い空気。
湿気に混じった、化粧と香水の臭い……
『………うぁぁ……ママぁ……』
『お願いだから、もぉついて来ないで……!』
特徴のある、細くて高いアニメ声。
すらっと長く、綺麗な足。ピンヒール。
ガラガラとキャリーバッグを引き摺りながら足早に歩き、靴も履かずに追い掛ける僕との距離を広げる。
ぴちゃ、……ぴちゃん……
泥で染み汚れる、白い靴下。
濡れて重くなっても尚、距離を縮めようと懸命に追い掛ける。
──ぱしゃんっ、
大きな水たまりに片足を取られ、飛び散った泥水が反対の足やズボンを汚す。
冷たくて、気持ち悪い。
だけど、そんなの構っていられない。
──待って……
ぼくを、置いていかないで──!
追い掛けようとするのに、中々足が動かなくて。
遠くに見える、母の小さな背中。それが涙で滲んでいく。
『……まま……』
両手で目をいっぱい擦りながら、追い付く筈もないのにとぼとぼと歩く。
サァァ───……
細く冷たい雨が、容赦なく僕の髪や顔、身体、心まで……冷たく濡らす。
戻ってきて……
──ぼくの、そばにいて……
『………ぅわぁぁ、……ぁぁん、っ……!』
『………どした……?』
突然──直ぐ傍から聞こえる声。
何処か懐かしくて、何故か温かい。
驚いて声のした方へと顔を上げれば、少し屈んで僕の顔を覗き込む、知らないお兄さんがいた。
『──え……』
『なんで、泣いてんの?』
片耳に銀色のピアス。それが隠れる程に長い、白金の髪。白のスクールシャツ。首に掛けた、スポーツタオル。
降りしきる雨のせいで、全身しっとりと濡れていて──シャツが張り付き、下から肌が透き通って見える。
『……ほら、実雨』
目を合わせたままその場にしゃがみ、目線を僕より下にして微笑んでくれる。
心なしか、お兄さんの周りだけが、ぼんやりと白い光を放っているように見えた。
『お兄ちゃんに、話してみな』
『……』
……どうして……
どうしてぼくの名前、知ってるの……?
──お兄さん、だれ……?
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